質問にお答えします-第13回-

2013年7月24日 | By mori | Filed in: 心理学(2013年度).

(全文を読む場合はタイトルをクリック) 前回の授業に対して寄せられた質問への回答です。

Q1. ムツゴロウさんは動物と触れ合う時に、よく「よーしよしよし」と言いながら頭を撫でているイメージが強いのですが、「よーしよし」と褒めることは餌をあげるのと同じ快事情として捉えていいのでしょうか?

A1. 行動を強化しているのであれば、それは快事象です。ある出来事が強化子(報酬)であるか否かは大方の場合結果論で、強化を起こしていれば強化子だったという定義の仕方をします。

ところで、あなたが目にしたムツゴロウさんは、「よーしよしよし」によって、どんな行動を強化していた(結果的にどんな行動が強化されていたか)わかりますか?

 

Q2. ムツゴロウさんが動物から非常に懐かれやすいのには、快事情の与え方がうまいということに、関連してくるのでしょうか?

A2. そういうことになります。何が快事象となるかをよく知っていることと、強化スケジュールの組み方がうまいということでしょうか。

 

Q3. オペラント条件づけによって得られる結果に因果関係がなくてもよいと言っていましたが、野球のイチロー選手が打席に入る前にしている行動はオペラント条件づけによる行動と言えますか。

A3. イチローをよく知らない人には何のことか分からない話なので付け加えますと、イチローが打席に入るといつも行なう儀式的な行動があります。右手に持ったバットを立てて投手の方に向け、右の袖を左手で引っ張るという。確かこうでしたよね。ちなみにイチローは左打ちの打者です。

儀式的に見えることは大抵、迷信行動と呼ばれる強化されたオペラント行動です。縁起かつぎというやつですね。イチローのも多分これです。

 

Q4. 先週、オペラント条件付けを教えていただきました。非常に沢山の例がこのオペラント条件付けに入ることになることを知り、とても興味深く受講させていただきました。そこで疑問ですが、中学や高校ではハッキリと成績の順位が出たりします。1位から最下位まで自分でわかってしまうわけです。この順位が上位であった場合、正の強化となると思います。しかし、順位が下位であった場合は、負の強化さえ通り越して罰となり、これが繰り返されると勉強への意欲さえ消失してしまう気がします。最下位に近い成績を取った子供に対して、親も冷静に励まし、正の強化に近づけるのは難しいことだと思うのです。それならば、成績が下位の生徒にはハッキリとした順位を伝えず、公表しない方が正の強化につながりやすいと思いますが、先生はどう思いますか?

A4. まず質問の中で、指摘しておいたほうがよいことがあります。「負の強化」が間違った意味で使われていることです(少なくともそう読める可能性があります)。「負の強化さえ通り越して罰となり」と言っていますので、「負の強化」が「罰」の類することと誤認しているように見えます。「負の強化」はあくまで強化ですから、罰とは逆に行動の頻度を高めます。「負」というのは「消極的」という意味に取るように、授業で注意を促しました。「消極的な意味でよいことが起きて、行動の頻度が上がる」のが「負の強化」です。 この間違いは多くの人がよく起こすので、気をつけて下さい。大事なことなので、もう一度言いました(あなたに、というよりこれを読んでいる皆さんに)。ただし「成績が下位になること」を回避(あるいは未然に防ぐ)するように、ある行動(「勉強」でしょうか)の頻度が上がるなら、「成績が下位になること」は負の強化子です。この意味で使っているなら間違いではありません。

質問本体に戻ります。要するに「成績の公開」は強化子となるか罰となるかということですね。上位者については、あなたが言われるよう、正の強化子となると思います。下位者には多分罰にしかならないのではないでしょうか。屈辱をバネに頑張る人になら、それを未然に防ぐべく勉強を促す「負の強化」になるでしょうが、あまりいないと思います。当人の気質を考えずに公開するのであれば、上位者にとどめた方がよいと思います。

罰は行動の頻度を下げます。罰によって、「勉強せず怠ける」という行動が減るのではないかという意見もあると思います。厳罰を与えたがる人は、このように考えることが多いと思います。御大スキナーは、罰を望ましいものと思っていません(この点に関する、彼の立場の解説書としては「行動理論への招待」大修館、がお勧めです)。対象となった行動の頻度を下げると同時に、別の行動の頻度を上げる負の強化子となる可能性があるからです。たとえば、やんちゃをいう子供がいて、やんちゃをやめさせるために叱ったとします。これは罰です。やんちゃはいわなくなったが、ここで子供が泣き始めたとします。このとき叱るのをやめてしまうとどういうことになるか。罰が消失するのですから、嫌なことが回避できる、すなわち負の強化を与えることになります。そうすると子供は、叱られると泣くようになります。これと同じように、成績下位者に罰を与えたとき、別の行動を下位者がとり、それが罰を回避あるいは未然に防げるようだと、その別の行動が強化されていきます。たとえば、「成績表を見ないようになる」「テストを受けなくなる」などです。こうなったら困りますよね。

 

Q5. 大抵の仕事は、定率スケジュールや定間隔スケジュールで報酬がもたらされますが、消去抵抗が高い変率スケジュールで報酬がもたらされる仕事はあまり聞きません。仕事の質が下がる、今までの歴史的経緯などが考えられますが、何か理由はあるのでしょうか?

A5. もう少し考えてみましょうか。変間隔スケジュールに基づく仕事はどうでしょう。自然相手ならともかく(狩りとか漁とか)、人が人を使う仕事では見かけないでよね。あるとすれば、給料の支給が遅滞している会社でしょうか。でもこういう会社は望ましいとは言われないですよね。

変率、変間隔スケジュールの仕事がないのは、仕事量や仕事時間に対して、単位当たりの報酬を返すことが正当な仕事(というか経営者)だと考えられているからではないかと思われます。公正とか正義とか信義の問題だと思いますが、公正、正義、信義の欠損は仕事の質の低下や、消去抵抗といった効率の問題には関係しないのでしょうか。対人的な応対が、しばしば強化子になることが知られています。相手の応答がある、ほめられる、触れられるなどです。スキナーによれば、私たちの言語獲得の一部は、このような対人的強化子によってなされています。多くの仕事は人が人を使うものです。殊対人間では、規則的な、あるいは予期可能な強化スケジュールがなされないと、強化子が強化子にならないのかも知れません。何回行動を起こせばほめてくれるかわからない上司のもとでは、働く気ができるでしょうか。いつ給料がもらえるかわからない会社にとどまろうとするでしょうか。まぁ、パチンコ漬けの人が「仕事熱心」なように、変率スケジュールについては、うまく使うと高効率の職場ができるかもしれませんけど。

 

今日の一句

[その壱]

習慣も 長らく刺激が ないのなら いずれは薄れ 結果は生まれず

[コメント壱]

これはどちらの条件づけを詠んだものですか。消去を詠み込もうとしているようですが。「刺激がない」とありますので、レスポンデント条件づけでしょうか。無条件刺激の対提示による強化がないと、条件反応は次第に生じなくなります。

オペラント条件づけだとしたら、「結果」の語が誤解を与える可能性があります。結果というのは、行動に随伴する出来事のことを指すことが多いのですが、この句では「行動が出なくなる」という意味で使っているように見えます。また「刺激」と言えば「弁別刺激」を指すことになりますが、弁別刺激が出ないなら行動が出ないだけで、消去が起きる訳ではありません。

条件づけについては、なかなか正確な理解が難しく、何となくわかっている気がしていることが多くあります。正しい理解を心がけて下さい。特に、二つの条件づけの違いがわかって、それぞれの代表的な事例くらいは示せる(その事例がどうしてその条件づけの事例と言えるのか説明できるという意味です)ようになって下さい。


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