質問にお答えします-第14回-

2014年7月23日 | By mori | Filed in: 心理学(2014年度).

(全文を読む場合はタイトルをクリック) 前回は、人間を測定するという講題でした。心理学はデータを採取し、それに基づいて人間の探求をする学問です。データを採ることを「測定」と言います。その一例として、知能検査をまず取り上げました。知能検査がどういう必要から生まれ、どのように変貌していったか。何を測っているのか。測定結果がどういう目的のために使用されているのか。知能とはそもそも何か。これらの点に注意して、知能検査を考えた方がよいのではないかという話をしました。続いて、人間を測定すること一般について話をしました。測定したいものを測っている程度のことを「妥当性」、同じものを測っている限り、データが同じ値を示す程度のことを「信頼性」と言いました。心理学の測定対象は「目に見えない」心理的なものであることが多いため、この二つの関する気配りは常に必要です。

ではひき続き、前回の授業に対する質問への回答です。

Q1. 例えば就職試験をするにあたって知能検査をやり、完了された問題だけをできても対人能力などは計れないので、それをはかるために、面接試験も行うのでしょうか。

A1. 「完了された問題」って何? 正解が決まっている問題ってことかな?

複数の査定をするということは、複数の評価ポイントがあるということかも知れません。知能検査で測定していることと、別の側面を測定したいため、面接をしているのでしょうか。一つのことを測りたいけれども、単一の検査だと十分カバーできない場合にも、複数の検査を用います。「テストバッテリー」という言葉を聞いたことはあるかな?

面接と一口に言っても、そのやり方次第で測定していることは変わると思います。どういう面接をしたら、対人能力が測れると思いますか。逆に、対人能力を測定する方法として、何を思いつきますか。グループディスカッションとかどうだろう。司会、進行も受験者に任せた。あ、それうちのAO入試じゃないか。

 

Q2. 知能の解釈と人種差別のハワイに移民した日本人が知能検査を行ったところアメリカ人より高い成績が得られた。このことから、優秀な日本人が移民したのだと解釈された。とありますが、日本人の方が優秀だと認めたくなかったということであり、このようなことをしていたら本当のことがわからず、実力がわからなくなってしまうと思うのですがどうなのでしょうか?

A2. 冒頭の一文の文法構成が判別しづらいのですが、わからない部分は無視し、かつ勝手に推論して話を進めます。

「優秀な日本人が移民した」というのも一つの解釈としては成り立ちます。その通りかもしれないから。本当に日本人が優秀なのかが知りたかったら、日本に来て、偏りのないように検査対象を選び、検査をしてみればよいのです。できないのなら、結論は保留するというのが本来の学問的態度です。

人は往々にして、「見たくないものは見ない」ことをしがちです。学問は客観的で、公平なものであると考えられていますが、あくまで理想です。学問に潜む差別性というのもあるんですよ。お気をつけ下さい。

 

Q3. 人はよく頭が良くて賢い人の方がよいと言われますが、本当に知能検査だけでその人が賢い人だと判断出来るのでしょうか?

A3. 前半部分では、「賢さの価値」について疑問を持っているように見えます。後半は、「知能検査の妥当性」についての疑問に見えます。尋ねたいことはどちらですか。あるいは、前半と後半は関係しているのですか。そうであれば、どのように?

後半にのみ回答します。知能検査がどういうものとしてできているのかを考えてみればよいと思います。そして、あなたが「賢さ」とはこういうものだ、こうあるべきだという考えと対照してみたらよいと思います。内容的妥当性のチェックですね。

 

Q4. よく日常的に本などで見かける心理テスト(4択のうち1つ選ぶというような)がありますが、何について診断するかを先に予告してから選択肢を選ばせるパターンと、「これはあなたの~がわかるテストでした」というようにいきなり選択肢を選ばせて後から何についての診断であったか述べるというパターンがありますが、この場合後者のほうが妥当性が高いと言えますか?

A4. あなた自身がそういうテストのされ方をしたら、それぞれの場合で選択の仕方が異なるかどうかを、まず考えた上で質問すれば、あなたの思考はもっと深まると思います。「私なら・・・すると思うので、両者はこう違うと思う」とか、まず考えてみてはどうでしょうか。

では考えてみましょうか。入試の面接なんか、取り上げるによい例だと思いますね。あなたが入試面接を受けるとしたらどうですか。最初から、「こういうことを評価されるんじゃないか」って思って臨みますよね。「あなたは将来どうなりたいですか」と聞かれたら、何と答えますか? 「臨床心理士になって、悩む人の役に立ちたいと思います。」なんて答えるでしょうか。じゃあ同じ質問を、友達からされたらどうですか。「できるだけ楽して暮らしたい。」とか。「あなたは将来どうなりたいですか」という問いが、「あなたが本当に将来なりたいものを聞きたい」という検査だったとすると、どちらに妥当性があるでしょうか。

 

Q5. 信頼性の安定性についての質問です。テストを何回か行うなら結果は違うかもしれないのですが、回答者が嘘ついたり、面倒くさかったり、体調が悪かったら安定性は変わってくるものだと思うのですが。どうなのでしょうか。

A5. 嘘や面倒臭さ、疲労などによっても、データの値は変動します。よって、これらの要因を反映してしまう測定は、信頼性が低くなりがちです。あなたのおっしゃる通りです。

 

Q6. 妥当性について、人どうしの関係は内容的妥当性に含まれるのでしょうか。また、そうであるなら、例えば『会話をしていて好きなものを質問し、同じ話題で盛り上がっていると思っていたら、実は相手は違う内容について話していた』という場合、内容的妥当性が欠けていたということになりますか。

A6. 人の発話の意味を解することを「測定」と呼ぶのであれば、相手が言いたかったことをその通り理解したかどうかは、妥当性の問題と言えるでしょう。これを「内容的妥当性」と呼んでいいかどうか、即断しかねます。「こういう意味であればこういう発話が来るはずだ」という予期によって、妥当性をチェックしているのであれば、基準関連妥当性ということになります。あなたの挙げる例が、「相手はこういうことを言わないはず何だけど、言っているから、先の理解(測定)は間違いだった(妥当性がなかった)」という現象であればです。

 

今日の一句

[その壱] ターマンは 優生(劣廃)思想 彼はきっと 自分はすごく 天才と思う

<解説> 英才教育に関心が高かったターマンを皮肉って詠みました。あんなことを言ってるのだから、さぞかし自分は偉いと思っていたのではないかと思います。

[コメント壱] 音が合わなくなるので、(  )の中はなしということで。

ターマンがどういう人だったか詳しく知りませんが、ひょっとすると優秀さに対するコンプレックスがあったかもしれない。こういう人が、優生思想を肯定するのは、防衛機制の何に相当するでしょう?

 

[その弐] ターマンの  英才教育  いまどこに?  影響受けた  教育ママ

[コメント弐] これは事実なのでしょうか。教育ママがターマンから影響を受けたというのは。ターマンと同じことだというなら、ありだと思うのですが、こういう表現にするのであれば、裏付けとなる証拠が必要です。

 

[その参] カレー好き? いつも同じ 答えなら 信頼性が あるんだよ

[コメント参] 「同じ対象を測定している限り、データは同じ値を示す」、その程度を信頼性と言います。そういうことを詠んだものとして、理解して下さいね。

 

[その肆] カレー好き?  答えがすべて  同じなら  折半法で  わかる一貫性

[コメント肆] 折半法とは、一つの検査を等価な二つに分割し、それぞれが同じ値を示す程度で信頼性を検討する方法です。そういう句になっているでしょうか。折半法はどこに?

 

[その伍] ひとびとは あたまのよさを しるために   ちのうけんさを するといわれる

[コメント伍] 確かにそういう風に知能検査を使っているのだけれど、それは授業の核心ではありません。授業でわかってほしかったのは、そもそも「頭のよさ」が何なのかを考えるべきこと、「頭のよさ」を知ることがどういう目的とつながっているのかを気をつけること、でした。

 

[その六] ビエ検査 二歳遅れを 知れるんだ

[コメント六] ビエじゃなくてビネね。「ギョエテとは俺のことかとゲーテ言い」という川柳が昔ありました。これは、外国人の名前の発音がつづりから判断しにくいこと、そしてしばしば読み間違いが起ってしまうことを苦笑したものです。ゲーテは「Goethe」と書きます。ビネは「Binet」です。

ビネの知能検査は、何歳の遅れであろうと測定はできます。二歳遅れを、特別教育を施す基準にしたというだけで。「ビネ検査 二歳遅れを 検出し 特別教育 与えよという」なんてのはどう?

 

[コメント七] ビエじゃなくてビネね(笑)。「有生」じゃなくて「優生」ね。ビネが優生思想に対してどう思っていたかはわかりませんが、彼の知能整形学とは相容れない思想でしょうね。ターマンとビネの思想が正反対であることを知るにはよい句だと思います。

 

[その八] 白黒と  肌か違えど おなじ人 今だに残る 人種別

[コメント八] 「人種別」ではなく「人種差別」では?

いまだ人種差別はなくなっていないと思います。そういう意味では、現実を詠んだ句ですが、授業の核心は「知能検査が人種差別に利用された」という点にあります。そこを詠み込むとよかった。

「知能検査 差別とともに 用いれば 人種の優劣 証すとぞ言う」なんてのどう? 字余りですが。

 

[その九] 腐れ縁 信頼性と  妥当性

[コメント九] 信頼性が妥当性の必要条件だということを言ってくれているのだと思いますが、「腐れ縁」という言葉は「望ましくない関係があることを批判的に形容したもの」ですから、こういう用法は日本語として正当ではないと思います。かえって誤解を与えるのでは? 信頼性と妥当性は仲良くしてくれないと困るんだよなぁ。「信頼性 なくば残念 妥当性もなし」とかどう?


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