質問にお答えします-第15回-

2014年7月30日 | By mori | Filed in: 心理学(2014年度).

(全文を読む場合は、タイトルをクリック) 前回は、フロイトとエリクソンの自我発達論を取り上げました。前者は、発達の時々で優勢になる身体器官によるリビドー充足が、自我の発達の中身に強くかかわるというものです。身体の成長を基盤にした自我発達論ですね。後者は前者をベースにしていますが、自我が適応すべき外界の社会性を強調したものだと思います。こう考えることで、身体の成長が完了した以降にも、異なる自我発達を設定することができます。成人期の三つの段階として有名ですね。では以下、今回の授業内容に関する質問への回答です。

Q1. 人間の中からエスを無くし、スーパーエゴだけにすると、どんな人間になってしまうのでしょうか。エスがリビドーだけでなく仕事をして稼ごうとか勉強を頑張ろうという欲も充足させてくれるなら、スーパーエゴの役割が少なくなるのでしょうか。また素晴らしい人間になれるのでしょうか。

A1. 一種の思考実験ですね。回答を与えてもらおうとするのではなく、まずあなた自身で考えようとしている点はとてもよいと思います。まず自分が考えつく限り、問題を掘り下げてみるのはとてもよいことです。そうすることで、自分の限界が広がります。簡単に言うと、賢くなるということです。

エスをなくすとどうなるんでしょうね。性的エネルギーは言ってみれば生命力のようなものなので、これがゼロになってしまうと、何もしなくなってしまう気がします。スーパーエゴの役割が少なくなるどころでなく、ましてや素晴らしい人になどなれず、生きた屍になってしまうのではと感じます。

やはりエスは必要なんですよ。大切なのは、そのエネルギーをどのように社会や文化で正当とされる形にしていくかです。自我の役目ですね。フロイトによれば、人間の生み出した素晴らしい所産、芸術作品とかスポーツの成績とか科学とか仕事とかは、すべてリビドーの善用ではなかったかと思います。善用して下さい、リビドー。

 

Q2. 赤ちゃんはリビドーのままに行動しています。つまりスーパーエゴが欠乏しているのだと考えます。ならば、リビドーは生得的なものだがスーパーエゴとは後天的なもの(しかも本人の能力ではなく環境依存)なのでしょうか。

A2. そうです。

 

Q3. 多数の女性と性的関係を持っていて、女性に対し噛み付いたり乳房を吸うなどの行為をとる友人がいます。彼は自他共に認める幼い価値観の持ち主(自分のものに対する異常な執念と、異性を所有物と捉える思考等)なのですが、幼いころにリビドーを抑圧されたのが原因なのでしょうか。

A3. 彼の行動や思考が、どの(あるいは複数の)時期におけるリビドー充足に問題があったかは、これだけではよくわかりません。あなたは「噛む」「吸う」といったところを挙げているので、口唇期かも知れませんね。

精神分析は一種の「お話」かも知れないので、実在の実物をあれこれ分析しない方がよいと思います。仮に「お話」でなくても、限られた(あるいは自分が取捨選択した)情報に基づいて、他人を(自分であっても)分析するのはやめた方がいいですよ。臨床心理学を学んだ人が、大抵通る道なのですがね。

 

Q4. アスペルガー症候群の方は外界の反応を考えずに言いたいことを言ってしまう。その原因は、言いたいことを言わなければ後悔してしまうという強迫観念があるせいなのだと聞きました。これもイドの暴走なのでしょうか。

A4. アスペルガーは精神分析学的な現象ではなく、また別のところに原因があるのだと思います。

 

Q5. フロイトの質問です。生まれてすぐの赤ん坊は栄養の吸収と共に対象との同化を求めるとありますが、それならば我々人類が産まれてすぐに求める原初の欲求とは対象との同化なのでしょうか。 次いでいうならば、私達人間は、産まれてすぐに母親という役割を認識できるわけではない(人間にすりこみはないとならいました)から人間は産まれたときから誰かと同化したいという欲求を抱いているのでしょうか。

A5. 確かに、対象との同化が、最初の欲求ということになりますね。別に誰かでなくても、物でもいいです。赤ちゃんはすぐに物を口に入れてしまいますよね。

 

Q6. Q5の質問と重なりますが、我々の性的欲求というのも一重に対象との同化を求めてるのではないでしょうか。人間や多数の動物は性行為時やコミュニケーションの一環として、対象と唇や舌を交わらせます。あれも行為中は対象と深く接近し、対象の体液などを自分のものにしているともとれます。性交をとっても形式的には対象との同化と思われます。どうでしょうか。

A6. そうなんじゃないすかね。

 

Q7. 幼少時に何らかの理由で母親から直接母乳を吸えなかった場合(例えば母親がいないとか預けられていたとか)同一化の欲求を果たすことができず、大人になっても寂しがりな性格になるのではないでしょうか。根拠になるかはわかりませんが、片親の元で育った子供は性事情において乱れやすい傾向にあると聞いたことがあります。

A7. リビドー充足の不十分さによる支障については、授業のプリントで紹介した、エリクソンの著書を参照して下さい。

 

Q8. 各発達段階で得られなかったもの(世界に対する信頼や自分に対する信頼等)はその段階を過ぎたあとでも後天的に得ることはできるのでしょうか?また、無事取得してもなにかのはずみで失ってしまうこともありえるのでしょうか。

A8. これについては、授業のプリントの文献案内にあった、エリクソンの著作に詳しく書いてあったと思います。

 

Q9. 自我・ES・スーパーエゴの関係はアニメとかで良くある。自分・悪魔(悪いことをやるように囁く)・天使(悪いことをやめさせるように囁く)のと同じ関係ですか?

A9. 何が善で何が悪かを決めるのは、人間が適応すべき外界(社会、文化)です。よって、天使や悪魔を超自我やエスに割り当てるのは正しくないと思います。上司と部下とお得意様の例の方がよくないですかね。

 

Q10. フロイトの自我発達論についての質問です。口唇期に哺乳瓶から栄養を摂取していた乳児は、母親の乳房ではなく哺乳瓶を噛むため、かみつきに対するペナルティを受けないと思うのですが、このことによって自我の発達になにかしらの支障が出てしまうことはあるのでしょうか?

A10. 噛むことへの禁止が一つ減る訳ですから、エスにとってみれば、リビドー充足の手段を一個担保することになります。赤ちゃんには、噛む専用のおもちゃがあります。一般には、歯の成長を助けるためのものと言われているようですが、フロイト的にはリビドー充足の手段になっているのかも知れませんね。

 

Q11. フロイトの自我発達論について質問します。赤ちゃんをあやすための道具に「おしゃぶり」というものがあります。これは口唇期から肛門期にかけて使用される道具ですが、肛門期になってもこのおしゃぶりを使用している子供は、排泄と貯溜の快楽以外にも、かみつきとすいつきによってリビドーを充足させているということなのでしょうか?肛門期になっても、口唇期の時と同じリビドー充足のさせ方をしていると、自我の発達になにか影響が出たりしないのですか?

A11. 詳しいことはわかりません。口唇期にリビドー充足がうまくいかなかったから、肛門期になってもおしゃぶりが手放せないのかも知れません。しかし、口と唇によって快楽を得ることは大人でもやっているので、他の身体器官が発達してきても、口唇によるリビドー充足は残るんじゃないかなぁ。肛門期以降のもそうだよね、多分。

 

Q12. エディプスコンプレックスについて質問があります。

エディプスコンプレックスはマザーコンプレックスと似ていると思いました。この2つの違いはマザーコンプレックスが母親に強い愛着を持つだけなのに対し、エディプスコンプレックスは母親に愛着を持つことにプラスして父親へ対抗心を抱くという点でいいのでしょうか?いまいち違いが分かりません。

A12. マザーコンプレックスは和製英語です。したがって、精神分析の専門用語でもありません。「なんとかコンプレックス」と言われているものの多くは、そういうものなので注意して下さい。

エディプスコンプレックスは、母への性的欲望が、母を妻として性的に所有する父の存在によって禁止される、という構造を持っています。簡単に言うと、三角関係です。この三角関係として理解して下さい。

マザーコンプレックスと呼ばれているものとの関係はわかりません。そもそもマザーコンプレックスが指示する範囲が多様です。事例ごとに整理した方がよいと思います。

 

Q13. エディプスコンプレックスの例として美味しんぼなどが挙がっていましたがそれらを聞いて私はブラックジャックを思い出しました。主人公のブラックジャック(以下BJ)は母親を亡くしていて、母と自分を捨てた父を恨んでいました。再会した父に父の再婚相手を世界一の美女の顔にしてくれと頼まれ、自分の母親の顔に整形するという話(「選ばれたマスク」)があり、BJもエディプスコンプレックスを克服できていないのかなと思いました。

さて、ブラックジャックの中に「小さな悪魔」という話があります。

http://anassistant.blog59.fc2.com/?m&no=848 ←あらすじが載っています。

この話の中で少年は父親ではなくBJに対し対抗心、というか殺意を抱いていますがこれもBJが言っているようにエディプスコンプレックスになるのでしょうか?

A13. 父の再婚相手の顔を、病気(ハンセン病)治療に乗じて母の顔に整形してしまう回は、私も読みました。少年チャンピオン連載時に。よく憶えているもんです、我ながら。先の質問でも言いましたが、エディプスコンプレックスには「父への対抗心」があります。恨んでいるのではなく、密かにライバルにするということです。ブラックジャックのこの回では、彼は単に父を恨んでいるだけで、ライバル視している訳ではありませんね。「小さな悪魔」についても、同様に考えてみて下さい。果たしてこれが、エディプスコンプレックスの事例かどうか。

 

Q14. 父親のいない所謂シングルマザーの家庭の子供にはエディプスコンプレックスは起こらないのでしょうか。それとも母親に近しい男性、例えば母親の兄や弟などに対抗心を持つのでしょうか?

A14. そういう不完全な家族状態については、どうなんでしょうかね。単純に考えれば、母への欲望を禁止する存在がいませんから、起らないかも知れません。男兄弟というのはどういう役割を果たすのでしょう。言われるまで気づきませんでしたが、兄弟も男で、年が近ければ、ともに母を争うライバルになるはずです。まあ、二人とも父親に敗北するので、ともに父親をライバル視するだけかなぁ。考えてみると面白いと思います。

 

Q15. 前回の講義の中の幼児期性欲期の話を聞いて、父親がいない子供や児童養護施設に預けられた子供は、幼児期性欲期にどんな反応をするのか気になりました。どんな反応をするのでしょうか?

A15. 父親が不在の状況ですから、ライバルがいない訳です。ライバルを越えようとする行動はとらなくなるのではないかと思いますが、よくわかりません。

 

Q16. わたし自身(女)もそうだったのですが、子供の頃は父親が大好きでたまりませんでした。しかし、母親にはあまり執着していませんでした。これは、幼児期性欲期に通じると思うのですが、女の子は思春期になると大抵は父親の存在を嫌に思う人が多いです。(もちろん、そんなものはないという人もいますし、思春期を過ぎたらまた仲良くなるとも聞きます。)この思春期の父親への思いは、幼児期性欲期の反動なのでしょうか。

A16. エスの欲望は無意識のものなので、気づけるたぐいのものではありません。父親が大好きということと、幼児期性欲とはまた違うのではないかと。よくわかりません。幼児期性欲期の反動があるという話は聞いたことがありません。知らないと言っているだけなので、あるかも知れません。調べてみて下さい。

 

Q17. 幼児期の特に男の子に性に関して興味を持ち始めると言っていましたが、女の子にも性に関心を持つと思うのですが、どうして男の子に限定してしまったのでしょうか?

A17. 確かにフロイトの精神分析では、人間は男が基本となっています。それはどうしてか。わかりません。フロイトが男だったから? では娘のアンナは、また違った見方をしているかもしれない。フロイトが精神分析をどう立ち上げたかと併せて、さあ調べてみようか。「フロイト 精神分析物語」(有斐閣)、「フロイト1、2」(みすず書房)なんかどうだろうか。

 

Q18. リビドーを充足させるため人はエスを持って生まれてくるとありましたが、媚薬などの外界からの刺激を受けた場合、性的なことを考えていなくてもエスには何か変化は現れるのでしょうか。

A18. 「リビドーを充足させるため人はエスを持って生まれてくる」とは言っていません。逆です。「エスという部分が人にはあって、そこはリビドーを充足させることを第一の目的にしている」という意味のことは言いました。

薬物等で身体に働きかけることは、結果的に自我の調整を狂わすことになると思います。基本的に自我は、通常の身体機能のもとで適応をしているものだと思われますので。エスは常に同じです。自我の制御力が低下することで、相対的にエスが強くなるという訳です。

 

Q19. 性器期のリビドーは新しい性対象(異性)に向かうと書いていましたが、中にはそれが同性に働く人もいます。フロイトのリビドーに関する考えは異性の人間限定の考えなのでしょうか?

A19. いえ、エスの欲望は制約なしだと思います。よって、エスの欲望(リビドー充足のさせ方)には、異性も同性もないと思います。ここが難しいところなのですが、フロイトは医師で、多分生理学的、生物学的に何が標準かはわきまえていたと思います。性欲で言えば、基本的に異性愛であると。しかし人間の場合は、生物学的に普通ではないのですね、多分フロイトの考えだと。つまり、性欲が異性にも同性にも(あるいは別の種や無生物ですら。二次元も含む)向かってしまうのが人間なのです。生物学的に壊れているのですね、言ってみれば。そのため彼は、人間の心の一構成要素として、エスというものを導入して、この壊れ加減を説明しようとしたのではないかと推測します。

「エスの系譜」(講談社)という本があります。参考までに。

 

Q20. フロイトの自我発達論で、幼児期性欲期の子供は、異性親を性的対象に求めて同性の親を敵視するエディプスコンプレックスが発生するとありました。エディプスコンプレックスは主に男児のことであり、女児の場合はエレクトラコンプレックスというと聞いたことがあるのですが、この二つの大きな違いとはなんですか?

A20. 女児の場合は、今回の情報提供も参照して下さい。

エレクトラコンプレックスという名称は聞いたことがありますが、詳しくは知りません。スマソ。

 

Q21. エリクソンの発達段階の中で、肛門段階に「どういう時に出すべきか、出さないべきか」という課題が出てきました。私はそれを「どういう時に発言するべきか、発言しないべきか」というのに応用出来るのではないか?ならば、「空気を読む」のもこの頃から形成されていくのではないかと考えたのですが、そのようなことでしょうか?

A21. 肛門段階での「どういう時に出すべきか、出さないべきか」は、エスによる排泄器官を利用したリビドー充足と、自我による社会適応が調整された行動様式です。外界の要請(この場合、しつけ)に叶いつつ、エスの欲望も満たす。それが然るべきときに出す、出さないという選択的行動として達成されます。あくまで、肛門期における、排泄器官を使ったリビドー充足に関係するものと理解して下さい。

「発言によって相手に介入する」という形での、エスと自我の調整もありますが、これは幼児期性欲期の話です(プリントの3ページを読んで下さいね)。介入ばかりしていると、外界に不適応となることもありますから(「大人の会話に口を挟むんじゃありません。」と子供はしばしば叱られます)、適切なときに介入するという形で、リビドー欲求の充足は調整されると思います。これがうまくできることが「空気を読める」ということかも知れませんね。

どの段階においてもエスと自我(と超自我)との葛藤調整が見られる点は、共通しています。しかしそれ以上に、ある段階で起っていることと、別の段階で起っていることとを一緒にしない方がよいと思います。連想だけを展開させるのではなく、どこが共通していて、どこが違うのかを見極めていくことが大切です。比較をする場合は、何事についても。

 

Q22. 幼児期性欲段階について 、「草食系男子」など、女性の社会進出も増え、女性の男性化、男性の女性化が起こっている今でも、どのような所が共通しているのでしょうか?

A22. 質問がちょっとよくわからないんですが。女性の男性化、男性の女性化が起っている現在の幼児期性欲期と、そうでなかった時代の幼児期性欲期とで、共通しているところはどんなところか、という質問ですか?

女性、男性に対する社会の要請が異なれば、外界への適応の仕方、リビドー充足の有り様も変わってくると考えられます。もっとも、女性の男性化、男性の女性化に関係する何かが、幼児期性欲期に起っていれば、ですが。

この質問の背景に、何かあなたの考えが隠れている気がします。それを話してくれると、もっと議論できたと思います。

 

Q23. 去勢をしたら性器期はどのような影響を及びますか?

A23. リビドーを充足する、最も優勢な器官がない訳ですから、リビドー充足がうまく行かないですよね。代替的な充足方法をとれればよいのですが、できなければ自我に支障が生じるでしょうね。性器期における欲求不満状態が、過度に高まった状況を考えてみればよろしいかと思います。

 

Q24. 性器期に新しい性対象に向かうとなっていますが、同性愛の人は性器期に新しい同性の性対象に向かっているということですか?またその人達の自我はどうなっていますか?

A24. 同性、異性を問わず、新たな性対象であれば。同性愛者については、自我の適用様式がそういう形(同性愛)で成立してしまったのであろうと思われます。詳しいことはわかりません。

 

情報提供、感謝します

[提供1] フロイトの幼児期性欲期で、男子のことは言っていますが、女子だと異性の親(父)を性的対象として求めるのですか?このようなことは女子にもみられるのでしょうか?という疑問を持ったので調べてみました。

女子の場合にも、エディプスコンプレクスに相当する時期がある。異性の親を愛し、同姓の親を憎むという形式はおなじです。なぜなら、女子のその性欲動(幼児性欲)は、最初は自らを生み育てて傍にいる母親を愛すことから始まるからです。

女子も男子がエディプスコンプレクス期に入るのと同じ頃に、自分とはちがう異性の性器に注目します。女子は性器が自分と同じ形をしている母親にも失望します。同時に自分をそのような形にした母親に対して嫌悪感を抱くようになり、その代わりに父親に対して憧れと愛情を抱くようになるのです。

参考文献

立木康介 2006 面白いほどよくわかるフロイトの精神分析: 思想界の巨人が遺した20世紀最大の「難解な理論」がスラスラ頭に入る 日本文芸社.

 

[コメント1] Q20の質問への回答になっているかと思います。参考にして下さい。自分で疑問に思ったことを、自分で調べてみる、考えてみることはとても大切です。わからないとき、疑問に思ったとき、他人に聞いてみるのは一つの方法で、多いにして頂いて構わないのですが、自分である程度深めた上で他人に尋ねると、さらに理解が深まると思います。よくやって下さいました。

なお女子の説明に際して、エレクトラコンプレックスを認めるか、エディプスコンプレックスで統一するかは、意見が分かれているところです。

 

本日の一句

[その壱] きかん坊と説教好きがうるさくて私の自我はすでにぼろぼろ

[コメント壱] わはは。 あなたの自我の状態ですか。疲れてますね。

自我は大変なんですよね。いたわってあげよう、あなたの自我。たまにはさぼってもいいじゃないか。

 

[その弐] 自分だけ 怠け者だと 思っても 自我は知らずに  戦っている

[コメント弐] そうそう、自我は大変なんだよね。

 

[その参] 怠け者  もう言わせない  誰からも  いつだって  自我は働く

[コメント参] よくやってます、皆さんの自我。語調がおかしいですよ。後段が七七になっていない。

 

[その肆] フロイトの  自我発達論  男の子  女の子には  当てはまらない?

(本当に女の子にはあてはならないのだろうか、一部なら当てはまる所があるのではないか?)

[コメント肆] フロイトの自我発達論は、基本男子ですが、女子も同様の論理で行けるとも考えられています。エディプスコンプレックスの女子適用については、今回の情報提供を参照して下さい。

解説の意味合いまで、句では表現されてませんね。なんとかできないだろうか。

 

[その伍] 肛門期 排泄器官 きもちいな

[コメント伍] 排泄器官を使ったリビドー充足は多分いつの時期でもあるので、肛門期でなくとも、排泄器官で気持ちいいという出来事はあると思います。肛門期特有の句にできないですかね。

「肛門期 排泄器官発達し ためると出すで 快楽得るなり」なんてどう?

 

[その六] 性的か 社会的かの 発達論

〈説明〉フロイトとエリクソンの自我発達論について詠んだものです。

[コメント六] その中身がどう違うのかも、あわせて理解しておいて下さいね。

 

[その七] むかしはね   おやにたいして   性むける

[コメント七] 「むかし」って「子供の頃」っていう意味ですよね? それなら幼児期性欲期の話だとわかる。「性むける」という日本語はあるかなぁ。性欲が向くという意味を出せないか。

「幼少期 息子は母に 欲望す 無意識ゆえに 我も気づかず」なんてどう?

 

[コメント八] 赤ちゃんは 口、唇が 発達する

[その八] で、どうだったんだっけ? フロイト、エリクソンの自我理論では、その段階。

 

[その九] エリクソン 心理社会的 自我発達

[コメント九] 記憶しやすいように、リズムをつけてくれました。同様の暗唱用ものを続けて三句。

 

[その拾~拾弐]

2,3歳 排泄・貯溜 肛門期

3,4歳 幼児期にある 性欲期

4,5歳から 思春期までだ 潜在期

 

[その拾参] 口唇期 母の乳房を 噛まずして 寂しからずや ゴムをかむこよ

<解説> 口唇期は母に噛みついたり吸い付いたりしたいのに、おしゃぶりや哺乳瓶のゴムを噛んでいる赤ん坊は寂しくないのでしょうか。

授業との関連を言えば、次のようなものかと。授業では母の乳を吸うのは栄養補給以外の意味もあると習いました。しかし、哺乳瓶等で育つ子は栄養補給に対するリビドーしか満たせないことになります。そうなると、大人になっても母に対するリビドーが残ることになるのだから、やはり赤ん坊は寂しがっていると、授業の中身から考察しました。

余談ですが、与謝野晶子の句を参考(盗作?)にしました。ごめんなさい。

[コメント拾参] 口唇欲求は哺乳瓶でも満たされますが、他者との同一化は無理ですよね。リビドー充足が、単に感覚的な満足でなく、心理的な満足を含んでいるとしたら(多分そうだと思います)、哺乳瓶で育つ子供には、満たされない部分が残るかも知れませんね。このへんも文献等で裏を取ってれたら最高でした。

ナニ、パクリですか。いえ、日本文化には「本歌取り」というのがありますから。


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