質問にお答えします-第1回-

2014年10月9日 | By mori | Filed in: 心理学(2014年度後期).

Q1. 講義中に心の場所についていろいろな場所が出てきましたが、他にはどのような場所があるのですか?

A1. 知らないので、調べて教えて下さい。

 

Q2. 心の場所探しの前提は「心は物のように存在する」ですが、ライルは心を実態としてとらえてはいけないと考えを主張したならば、場所探しの議論に参加できていないと思うのですが間違っていますか?

A2. 「実態」ではなく「実体」ですね。

場所探しの議論がおかしいという形で、議論に参加できるのではないでしょうか。たとえば、ある授業に対していろいろ不満がある人達がいるとします。どうしたら不満が減らせるかという議論がなされている。そこでそのうちの一人が、「その授業を履修するという前提をはずして、いっそのことその授業をとらないですむ方法について議論しないか。」と提案したとします。議論の水準を変えているだけで、議論に参加していない訳ではないと思います。もっとも、どのような前提をとるかについての合意が得られなければ、もちろん議論にはなりません。

 

Q3. 講義で色々な主張を聞いているうちに混乱してしまったのですが、全ての主張で言う心とは何を指しているのですか?体を動かしているものですか?それとも感覚などを感じ取るものですか?

A3. それはいずれやります。

 

Q4. 心脳同一説の場合、脳死の状態になるのは心が死んだ(無くなった)からという考え方をするのでしょうか?

A4. 心脳同一説については次回詳しくやりますので、そのときまた考えて、あらためて質問して下さい。

 

Q5. 多重人格者の心は一つなのでしょうか?人格の数だけ心は増えるのでしょうか?

A5. 今回の授業では、心とは何かが問われていました。場所探しから始まって、脳が心ではないかとの暫定的結論を次に検討することになりました。「心とは何か」への解答が途中ですから、「多重人格者の心は」と尋ねてしまうのは、授業内容とは独立の質問だと考えるしかないでしょう。心が何か定義している途中なので、「・・・の心は」と尋ねても、その「心」っていうのが何か今考えているんだけと、と言われてしまうのですね。授業が進んだら、またあらためて考えてみて、再度質問して下さい。

 

Q6. デカルトといえば数学者であり哲学者ということが有名ですが、心理学者の世界でも有名ということは心理学者でもあったのでしょうか。

A6. 心理学で有名だから心理学者という決めつける必要はないと思います。「心理学」が公式な学問として誕生したのは1878年ですから、デカルトの時代には心理学という名がつく学問はなかった。よって心理学者もいませんでした。今でこそ彼は「哲学者」と呼ばれていますが、かように当時は学問分野が未分化でしたので、学問をする人は色々なことをしたものです。数学も、物理も、工学も。

 

Q7. デカルトの唱えた心身二元論は身体と心は松果腺で関係しているということですが、それは見えない何かでということなのでしょうか。そうならば小人説の心が抜けると身体は抜け殻となり動けなくなるということと同じく、繋がりが切れたら身体はうごかなくなるのでしょうか。

デカルトの理論は苦し紛れの付け足しで成り立たない気がするのですが間違っていますか?

A7. 松果腺という見える器官と、見えない魂がつながっているのですね、デカルトによると。つながりがなくなること、すなわち人間の死です。身体は動かなくなります。

「デカルトの理論は苦し紛れの付け足しで成り立たない気がする」との結論のようですが、どうしてそう思うのか根拠がないので、「間違ってますか」と尋ねられても、「どうしてそう思うのですか(そう考える根拠は何ですか)」と尋ね返されてしまいます。

あっているか、間違っているかを知ることだけが学問ではなく、どうしてあっていると(逆に間違っていると)思うのか、その根拠を考えることが学問です。あなたなりにいろいろ考えたのだと思います。それなら、その過程と中身を提示してくれるとよかったと思います。

 

情報提供、感謝します

[提供1]

人間の死ぬ前後の体重の変化を記録し、魂の重さを計ろうと試みた人物は米国マサチューセッツ州のDr. Duncan MacDougallという方で、実際に彼は6人の人間の患者と15匹の犬を使い、死の瞬間の体重変化を調べた結果、犬では特に変化が見られなかったが、人間の体重が3/4オンス≒21g(グラム)減少したそうです。このことが当時のニューヨーク・タイムスなどに掲載され、「人間の魂の重さが21gである」という俗説が広まったが実際に体重が21g減ったという結果が出たのは、6人の患者のうちたった1人だけだったらしい。また、この俗説を元に2003年に『21グラム』という映画が米国で制作された。

(映画情報) http://www.imdb.com/title/tt0315733/

 

[コメント1]

情報提供する場合は、出典を示すようにして下さい。この前言うのを忘れました。すみません。つまり、「裏を取って下さい」ということです。出典の示し方は、書籍であれば「著者」「タイトル」「出版社」「発行年」を記します。インターネット情報は、信憑性が担保されないことが多いので、基本的に不可です。この情報自体は興味深いので、裏が取れているとなおよかったですね。

ところで、「6人中一人」という結果は偶然だと思いますか。それとも意味ある結果だと思いますか。こういうことを確かめる技法の一つが推測統計です。臨床心理学科ならば2年生前期、人間科学科なら2年生後期に開講される「心理学研究法」で習います。それ以外の学科の人は、全学共通の「統計学」で知ることができるでしょう。

 

今日の一句

[その壱]

その心 どこにあるのか 知る術に こーだこーだと 未だ分からず

[コメント壱]

授業で触れたのは「術」(方法)ではなかったと思いますので、違う言葉を使った方がよいように思えます。

 

[その弐]

心とは 胸ではなくて 脳にある

[コメント弐]

脳にあると言っているのは、心脳同一説の人ですね。でもこの句だと、それがわかりません。しかも、「胸ではなくて」「脳だ」と言った人はいるのでしょうか。

 

[その参]

諸説ある 心の場所は ひとつじゃない

[コメント参]

心の場所に関しては諸説ありますが、ライルの主張を聞いてもまだ場所探しが有効だと考えますか。この句は、場所探しが有効だという前提で成り立つように思えます。

 

[その肆]

大学どこ 問うこと自体 間違いだ

[コメント肆]

ライルの主張ですね。でも、これだけだと、「何で間違いやねん」と言われるだけです。ライルの主張の中身を盛り込めるとよいですね。


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