質問にお答えします-第5回-

2014年11月12日 | By mori | Filed in: 心理学概説(2014年度).

(全文を読む場合はタイトルをクリック) 前回の授業内容に対する質問への回答です。

Q1. 発達課題の達成に失敗した場合、社会に適応することが困難になり心理社会的危機に陥ってしまうということですが、発達課題を再度挑戦して克服する可能性はあるのでしょうか。また、あるとしたらどのような方法があるのでしょうか。

A1. エリクソンの入門書に「自我同一性」(誠信書房)というのがあります。これを読んで、情報提供してくれるかな。これじゃなくても、上の質問への解答になる文献であれば、何でもいいですよ。「エリクソンは語る」(新曜社)とかね。

 

Q2. 青年期で自己同一性の獲得ができなかった場合、どのような状態になるのでしょうか。

A2. 上の回答に同じです。

 

Q3. 先週学んだ、エリクソンの発達理論の中で、「自我が社会・文化との関係で発達すること」とありましたが、その中に「自分の立場やその時の雰囲気によって、自分が浮かないように空気を読む」ということは含まれるのでしょうか?(自分はその様にして社会での役割を変えていったりし、成長したと感じるようになったので)

A3. あなたの言っている「自分」というのは、エリクソンが「自我」と呼んだものとは違う可能性があります。自我とは、その人の行動傾向全般のベースになるようなものだと思います。あなたのはむしろ、表面的な行動傾向のほうね。

あるいは、こういうことも考えられます。自我同一性の獲得という発達課題自体は、社会文化的な所産である。つまり、普遍的なものではなく、社会や時代によって変わり得ると。80年代ぐらいから、自我同一性を獲得しない方が適応的なのではないかとの論考が出てきました。人間をとりまく状況の変化のスピードが、格段に増しているので、固定的な自我を確立してしまうのは適応的でなく、むしろ時々にあわせて柔軟に対応できるように自我を確立させないほうが適応的であるというのが、主な主張です。あなたはそういう時代の適応をしていたのですよ。社会学なんかで言われているかな。

 

今日の一句

[その壱] 恐ろしさ  言葉だけでは   伝わらない  反復奏でる ホロコースト

[コメント壱] ランズマンの主張は、理解するのがなかなか困難です。彼は、言葉(正確に言うと「表象」ですが)が体験を別のものに変えてしまうと考えました。よって、「言葉だけでは」としてしまうと、彼の真意を外します。量的な差異(言葉だけでは足りない)ではなく、質的な差異(言葉と体験は違う)こそ、彼が指摘したことですので。また「恐ろしさ」としてしまうのも、ランズマン的ではないですね。ホロコーストのもたらしたものを「恐ろしさ」という言葉で置き換えることこそ、ランズマンが回避しようとしたことですから。「身体の回復こそが 知らしめる 言葉に依りては 伝わらぬこと」とでもするのがよいかな。でも、難解なランズマンの思想によく取り組みましたね。


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