質問にお答えします-第7回-

2015年6月18日 | By mori | Filed in: 心理学(2015年度).

(全文を読む場合はタイトルをクリック) 前回の授業内容に関して寄せられた質問への回答です。

Q1. 今回の講義で、言葉によるコミュニケーションの導管メタファーについて学びました。シャノン・ウェーバーのモデルは、コミュニケーションが電気通信と同じように置き換えられていて、言葉を一方的に伝えることで、受け手が正確に理解できるとされています。ですが、学校の先生が、講義に出てくる人数が少ない学生に向かって言った皮肉は理解されない、という反例はよくわかりました。コミュニケーションにとっては言葉や文字そのものばかりではなくて、文脈や意味をきちんと理解させることが大切なことがわかりました。

そこで質問ですが、今私たちがよく家族や友人とやりとりをLINEでする際に、言葉は書かずにスタンプを使って、たとえばうれしさの程度など自分の気持ちを表すと相手に理解されます。このLINEのスタンプも、言葉は使わないという意味では導管メタファーの反例として正しいのでしょうか。

A1. 導管メタファーの一種がシャノン・ウィーバーモデルです。導管メタファーですから、一方が考えたことが他方に間違いなく伝わると考えるのが基本です。誤解なきように付言しますが、文脈を考慮しても誤解がなくなるわけではありません。可能性は減るかも知れませんが、それも「誤解してはない」という消極的な確信が高まるという類いのものです。コミュニケーションにおいて、理解は積極的に成立するわけではないというのが、今回の授業の肝です。念のために。

質問本体ですが、今回は「言葉による」コミュニケーションの話でした。「スタンプ」を用いたコミュニケーションについてあなたは尋ねていますので、スタンプを用いたコミュニケーションも言葉を用いたコミュニケーションと同じように考えてよいかをまず検討しないといけません。コミュニケーションの手段のことを一般に媒体と言います(ちなみに英語にするとmedium。複数形はmedia。メディアですね)。今回の授業では、媒体を言葉に限定してお話しをしました。コミュニケーションの手段になっていますから、スタンプも媒体です。スタンプによって、相手の言わんとすることを理解したと、よく思いますよね。しかし、それは本当に理解しているのでしょうか。あとで誤解だったとわかることはありませんか。もしそうであれば(そうなのですが)、言語であっても、スタンプであっても、一般にコミュニケーションにおいて、理解は幻想であることになります。媒体にかかわらず、理解は消極的にしか成立しないことは、コミュニケーションの特質です。

あなたの質問でわからないことがあります。「このLINEのスタンプも、言葉は使わないという意味では導管メタファーの反例として正しいのでしょうか。」というのはどういう意味でしょうか。「言葉を使わないという意味で導管メタファーの反例」というのがわからないのです。なぜ言葉を使わないことが、反例の根拠なのか。「このLINEのスタンプを使ったコミュニケーションでは、言葉を使ってはいませんが、導管メタファーの反例となるような事態を想定することはできるのでしょうか。」という文ならわかります。質問も回答もそうですが、相手の言ったことは正しくとらえることが必要ですね。「誤解はできるだけ少なくする努力は必要」ということです。理解には至れないにしても。ちなみに文章が不得手で誤解が生じるのは、外的障害になります。

 

今日の一句

[その壱]

 いつ気付く 理解と誤解は 紙一重

[評壱]

コミュニケーションが成立しているように感じることは多々(普通に)あります。そういうとき我々は理解が成立しているように感じまずが、その保証はありません。後続するコミュニケーションによって、理解していたと思っていたことが実は誤解であったとわかることがあります。理解という状況には、誤解している可能性が常につきまとっている。理解はこのように暫定的で不確かなものでしかない。これが前回の授業で、皆さんに伝えたかったことです。

さて今回の一句ですが、理解が実は誤解であったと容易に転換する可能性があるという点で、理解と誤解は紙一重という表現はありかも知れません。理解という状態が積極的にあり得ないということを考えると、双方向性を思わせる「紙一重」という表現は核心を多少外しているとも言えます。

「いつ気づく 理解したとは思えども 常に誤解の種は消えまじ」。今回の一句をヒントにして、私も詠んでみました。


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