質問にお答えします-第10回-

2015年7月29日 | By mori | Filed in: 心理学(2015年度).

(全文を読む場合はタイトルをクリック) 前回の授業内容に対して寄せられた質問への回答です。

Q1. 進化心理学の講義を聞いて、「複雑な言語を話す人間がなぜ進化論的に適応に有利だったのか」について考えてみました。

ケロッグ夫妻の研究ではチンパンジーグアは、質問に対してジェスチャーで答えることができます。言葉を理解している可能性があります。ですが舌が短くて母音が3語しか発声できません。そのため複雑な言葉は話せないわけです。

人は解剖学的にチンパンジーよりも舌が長いため多数の母音が発音できてより複雑な言語が話せるということがわかりました。そうすると、「人は複雑な言葉を話せるから進化論的に有利だった」のではなくて、「解剖学的、生物学的に進化した過程でより複雑な言葉をはなすことができるように有利な体のつくりになった」と考えましたがいいのでしょうか。

A1. ケロッグ夫妻の研究では、発声を通じて、チンパンジーに言語獲得が可能かを検討していました。しかし、おっしゃる通り(授業でも言いましたが)、発声が苦手なチンパンジーに発声を要求してうまくいかなかったとしても、言語獲得ができていなかったのか、できていたけど発声が苦手だから確かめられなかったのかはわかりませんでした。

人間の身体構造が、発声に有利であることは、授業で述べた通りです。しかしそれは、言語獲得との関係で言えば、副次的な特徴でしかありません。手話だって、文字だって、言語の表出手段は複数あり、発声を特別視することはできません。

さて、断片的にあなたの質問に回答してきましたが、本質部分に移りましょう。あなたの主張の論理展開がわかりにくいです。あなたの設定した問題は、「複雑な言語を話す人間がなぜ進化論的に適応に有利だったのか」ですね。そしてその答えが、「解剖学的、生物学的に進化した過程でより複雑な言葉をはなすことができるように有利な体のつくりになった」なのでしょうか。これは答えになっていると思いますか?

授業で話したように、進化は、自然淘汰と性淘汰の二つのハードルを越える形で生じます。言語の所有が進化論的に有利かどうかという問いは、言語の所有がこの二つのハードルを越えるにどのように適していたか、と言い換えられます。言語を持っていることが、環境に適応し、生き延びて行くことに有利だったことに、まず答えていないといけません。そして、生殖のパートナーとして選ばれる上で、言語の所有が有利であったことに答えます。二つのハードルを区別しなくても、少なくとも、どうして言語を所有していると、生き延びるのに有利であったかと考えることが、進化論的に有利だったかを考えることです。このような解答になっているのかを、今一度考えてみて下さい。

もし間違っていたと思ったら、その間違いがどこからでてきたのか、原因を突き止めておくことが大切です。どこで、どういう勘違いをしてしまったか、ということを分析しておくのですね。そうすれば、再度同じ間違いを犯すことはなくなるでしょう。こうして徐々に成長して行きます。成長には努力が必要ですし、成長はすぐには実感できません。しかし、何もしなければ今のままです。今回あなたは、その一歩を踏み出されたと思います。これからもへこたれず、頑張って下さい。期待します。

 

情報提供、感謝します

[提供1] 私は高校時代、馬術部に所属しており、サラブレッドの生産にも携わっていました。高校3年間、馬と関わってきた経験と知識をもとに、「動物の言語らしき行動」の講義に関連した情報提供をしたいと思います。

チンパンジーなどの霊長類による言語獲得実験は多数行われていますが、馬を題材にしたものはあまり知られていないかと思います。

馬は、およそ2年間記憶を保存できるともいわれており、人の顔を個別的に認識するのは難しいようですが、臭いや足音などの嗅覚や聴覚には敏感で、乗馬においてはその人の乗り方の特徴を記憶し、誰が乗っているかを判断しているとも言われています(これは高校時代の授業で学習した内容なので、高校の先生がどの文献を引用し授業を行ったのかは不明です)。馬は、非常に憶病でもあり気性の激しい動物で、毎日接していれば、噛まれる、蹴られるといったことは日常茶飯事でした。こういった馬の反抗は人間があくまでも立場的に上だということを認識させるために、馴致(馬を技術的、精神的に調教し、人間に従わせるようにすること)をしなければいけません。

馴致の仕方は、馬に対して怒ったり、ムチで叩いたりなどのパワー型が主流です。しかし、そうはせずに、尊敬と信頼を使った方法で馬とコミュニケーションをとりながら馴致を行う、「ナチュラルホースマンシップ」というやり方があります。これは、人間が馬に与えたい指示は、馬が人間にさせられるのではなく、馬自身の選択で動いてほしいというスタイルのやり方です。例えば、馬が人の腕を噛んだとします。その時、怒るのではなく、腕についた傷をじっと馬に向かって見せ続けます。そうすると、馬は自然と噛むことをやめるのです。不思議だと思いませんか?私も、この話を聞いた時、そんなはずはないと疑いましたが、馬学の授業で映像を見たときには衝撃を受けました。なぜ、このような現象が起きるのか、明確な理由ははっきりしていませんが、馬自身がその傷を見て、「人間がかわいそうだからやめよう」という意思のもと噛むことをやめたのであれば、言語ではなくても、人間と動物が意思疎通をはかれたということになります。

このように、霊長類でなくても、動物と高度なコミュニケーションをとる方法が存在するのです。動物にも言語獲得は可能かということに対しての関連づけですが、馬は言語を発することは不可能だと思われますが、私が馬の群れの中から、特定の名前を叫ぶと、その馬が遠くにある放牧地から戻ってきたという体験をしたことがあります。また、馬の走法に「駈歩」「速歩」などがありますが、地上の人間が馬上の人間に号令をしたはずが、この号令に馬が先に反応し、人間が扶助(馬の腹部の圧迫)を与えなくても勝手に駈歩を始めるといった現象も体験したこともあります。馬自身が言語を発していないため習得したとは言えませんが、人間が発する言語の意味を音声として理解し、行動にうつせるという能力はあるようです。

[コメント1] コミュニケーションを取れるからといって、言語を獲得していることにはなりません。言語を獲得していない動物も、個体間でコミュニケーションは取れていますよね。「言語ではなくても、人間と動物が意思疎通をはかれたということになります」とおっしゃいますが、言語獲得の話をしているときに、「言語でなくとも」と言うことで、議論がそれてしまいました。

馬の名を呼ぶとかけてくるという逸話についても、言語獲得とどのように関係するのか。この逸話は事実だと思いますが、犬でも同様のことは起きますよね。犬も言語を理解しているのでしょうか。残念ながらこの現象は、言語獲得(の可能性)の証拠とはなりません。「号令」の事例もそうですが、オペラント条件づけで説明できます。オペラント条件づけの弁別刺激は「信号」なのです。言語じゃないです。

馬の生態について知らないことばかりだったので、楽しく読ませてもらいました。ただし、言語獲得と関連づけるところまではもう少しでしたね。途中で、コミュニケーションの話に議論の焦点がずれてしまったし。それにしても面白いよねぇ、馬。


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