新任教員紹介:佐藤満先生

P1110308r1月に咲く沖縄の桜はほこほこしている。
桜の花は少しずつ北を目指し、北海道で4月の終わりから咲く。
入学式や新学期のあわただしさを忘れさせてくれる。
4月には緊張で結んでいた口元、5月にはほころんでいる。


やはり4月に本学に着任された佐藤満先生からは、自己紹介としてご家族と一緒の写真と詩をいただきました。先生は「障害児・者教育論」「肢体不自由教育Ⅰ・Ⅱ」などをご担当で、とくにほぼ寝たきりの状態の児童のベッドサイドでの教育に関して北海道内でも主導的な実践を重ねてきています。本学で特別支援教育を志す学生にとって、先生の教育・人生への姿勢は大きなインパクトとなることでしょう。

(人間科学科広報担当)

新任教員紹介:中田雅美先生

保育所等に預けられず思うように仕事ができない人、認知症でも車を運転し一人で暮らしを望む人、育児と親の介護の狭間で自分の人生を模索する人、生きづらさを抱える人が最期まで生ききれる地域社会とは。またそのなかで福祉専門職(ソーシャルワーカー)に何ができるのか。地域社会は生活上の困難が発生する場であり、解決する場(主体)でもあるといわれています。人間科学科で一緒に地域における福祉を考えませんか。

大阪生まれで愛知には10年ほど、縁あって北海道に来ました。私自身も「地域」に根を張れるようつとめます。

中田雅美


4月に本学に着任された中田雅美先生の自己紹介です。先生は「地域福祉論A・B」「福祉科教育法A・B」などをご担当で、とくに地域社会のなかでの福祉のありかたについてのご研究を積み重ねてこられました。北海道でのさらなるご活躍に期待します。

(人間科学科広報担当)

先生方、ありがとうございました!

人間科学科で教鞭を執られてきた先生方のうち、3名のかたが今年度末を持って退職されることになりました。写真は送別会での一こまです。

送別会 002

川合増太郎先生は、思想領域の文学関連科目「人間と文学」などの他、「基礎ゼミナール」「専門ゼミナール」また、全学共通科目の「ドイツ語」の授業などにおいて、温かく親身になって学生を指導してくださいました。

送別会 007

土渕美知子先生は、福祉領域の科目「福祉科教育法」、「社会福祉実習」などにおいて、福祉の専門家を志す学生たちを強く励まし、支えつづけてくださいました。

送別会 010

牧野誠一先生は、心理・教育領域の特別支援教育に関連する科目「障害児・者教育論」、「肢体不自由教育」などを通じて、教職を志望する学生はもとより、多くの学生に「バリアをなくして人と関わること」の大切さを明るく温かく語ってくださいました。

私たち一人一人が先生たちから学んだことを心にとめ、これからも頑張っていきたいと思います。先生がた、長い間本当にありがとうございました。どうぞこれからもお元気で。

「中空知コタン(集落)跡地入口」碑を建立!

空知地方の歴史を調べて40年になります。その中で、今ひとつはっきりしていないのがアイヌ民族の歴史です。

 5年ほど前から調べ始め、その成果を、「空知・アイヌ民族の足跡(そくせき)」と題し、小冊子にまとめて発刊しました。そこに「空知にアイヌ民族の碑を!」と題する小紙をはさみ込んだのですが、それから4年目の9月19日(土)、多くの人々の賛同を得て(参列者は37名)、建立することが出来たのです。

 場所は新十津川町吉野の吉野橋近く(国道451号線沿い)です。車を降り、正面だけでなく、左・右の側面に刻まれている文字もお読みくだされば、と思います。

Pda0006

<写真と記事:杉山四郎先生> 

 

人間科学科教授の牧野誠一先生が書籍を出版されました

牧野先生に、このほど出版された『北海道における自閉症の子ども達への対応の歴史~主に教育的支援の面から~』(かりん社)についてお話を聞きました(以下 敬称略)。

牧野先生 001

 -この本をまとめられたきっかけについて教えてください。

牧野:今から40年以上前の昭和47(1972)年、「自閉症(当時は情緒障害児に分類されていましたが)」の子どもたちのための学級が、北海道では初めて札幌市と江別市にできました。翌年、私が教員として勤務していた千歳市でも同様の学級ができ、28才だった私はその担任となって、それ以来自閉症の子どもたちと関わりを持つようになりました。その後、昭和49(1974)年に、道内の自閉症児教育に携わっている教員が連携して自閉症の子どもたちのための教育や療育を考えようという研究会(北海道情緒障害教育研究会)ができました。発足から40年たち、ここらで会についての包括的な記録を作ろう、というのがきっかけです。北海道での初めての自閉症の診断から、親の会の記録、教育がこれらの子どもたちにどのように対応していったか、などがまとめられています。

―北海道での40年の歴史を振り返って、ということなのですね。自閉症児の教育を考えるにあたり、北海道の特色のようなものはありますか?

牧野:東京などでは拠点校があり、そこに週に何度か、周辺の学校の自閉症の子どもたちが通って来るという「通級方式」が主に採られています。しかし北海道では、立地及び気候的な条件から、子どもたちが通うのは一つの学校です。学校間の距離がありすぎたり、冬などは寒すぎるなどで、簡単には通級できないのです。つまり、その学校の先生は子どもたちの学習や生活上の教育を全て一手に引き受けなければならないということです。そのような場合、とにかく目の前の子どもに対応するためには、様々な方法を組み合わせてやっていかなければなりません。いわば、「折衷式」教育です。この点は、北海道の特徴だと考えます。ちなみに、前本学教授の伊藤則博先生は、本書の中で、このような「折衷式」教育を「道産子的」と呼んでいます。

 -本学の学生には、この本からどのようなことを学んで欲しいとお考えですか?

 牧野:「折衷式/道産子的」教育の意味について考えて欲しいです。これは、単に「なんでもあり」的に組み合わせればいいというのではなく、目の前の子どもたちが「happy」であるために、私たち教員が何をどうすべきかという問題意識から来ています。私たちは、ともすれば方法にとらわれがちですが、子どもとその幸せを中心に考えるということ、そして方法はその後からついてくるのだということ、これらのことをしっかりと考えて欲しいと思います。

 <記事と写真:舛田>

人間科学科教授の二通諭先生が著書を出版されました

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二通先生に、このほど出版された「特別支援教育時代の光り輝く映画たち」(全障研出版部)についてお話を聞きました(以後敬称略)。

-この本のタイトルには、「特別支援教育」とありますが、スクールカーストからヤクザまで、幅広い内容の映画が取りあげられています。このタイトルにはどのような思いが込められているのですか?

 二通:スクールカーストやいじめ、社会の中ではみ出し者とされる人たちなどに共通しているのは、「生きづらさ・居場所のなさ」だと思います。特別支援教育とは、障害の有無にかかわらず、親子関係、社会関係の中で「特別な支援」、つまり「助け」を必要とする人を支援し、それを主体的に乗り越えていくようにするためのものだと考えています。そのような意味で、「行きづらさ・居場所のなさ」は、まさに「特別支援」の対象だと思い、このようなタイトルでまとめました。

 ―人間科学科の二通ゼミ、あるいは全学を対象にした演習では、映画を題材にして学習を進めているそうですが、映画を利用することにはどのような意味があると考えていますか?

二通:映画を題材にする学習には、3つの異なる段階があります。第一の段階では、全員で映画を見て、ストーリーなどを把握するとともに、「同じ場所・時間に同じ映画を見た」という経験を共有します。これ自体たいへん意味のあることです。続いて第二の段階では、感想や批評を述べあいます。また、その映画の評論文などを参考にすることもあります。これにより、映画に対する異なる見方・分析的な視点などを知ることができます。そして第三の段階では、自分自身のあり方に映画で表現されている内容を重ねて考えていきます。これによって、「自分には関係のない、架空の話」ではなく、「身近な問題・自分自身の問題」として、映画をとらえなおすことができ、ひいては他者や自分自身への理解や洞察が深まるきっかけになると思います。

-この本は、どのような人に特におすすめでしょうか?

二通:映画好きの人はもちろんですが、映画の中から「多様性」を学べると考えているので、人間科学科の学生には特におすすめしたいです。映画を通じて、様々な人のいる社会のあり方を考え、私たちが陥りがちなステレオタイプ(型にはまった考え方)から脱してほしいと思います。

 この本を読み、気になる映画を見つけたら、夏休みにぜひ、本学図書館でゆったりとDVDを鑑賞してみてはどうでしょうか?友達と鑑賞会もいいですね。

<記事:舛田>

人間科学科教授の二通諭先生が書籍を出版されました

 人間科学科で「特別支援教育総論」などを担当されている二通諭(につう・さとし)教授が編者となって、

「障害児の教育権保障と教育実践の課題 養護学校義務制実施に向けた取り組みに学びながら」(共編者・藤本文朗、群青社)

が出版されました。二通先生に、この書籍について、また特別支援教育についての思いなどをお聞きしました。

二通先生 001

――この本はどういう方々に向けられたものでしょうか?

二通 : この本には、特別支援教育の世界では大御所といえる先生方の論文が収められています。そういう意味では、資料的価値が高いと考えられるので、大学教員には参考文献として利用して欲しいです。また、特別支援教育に携わる教師たちや、これから特別支援教育を志す若い学生のみなさんも、ぜひ読んで、特別支援教育の歴史を学んで欲しいです。 

――特別支援教育の歴史を学ぶことに、どのような意義があると先生は考えていますか?

二通 : 歴史を学ぶことによって、今自分が置かれている特別支援教育の現場の状態を客観的に理解できると思います。主観的な考えだけだと、現場や仕事に不満を持つだけに終わりかねません。歴史を学ぶことによって、先人達の歩みを知り、自分の位置を確かめ、自分に何ができるかを改めて問い直すことができるように思います。

――特別支援教育の教師を目指す学生さん達に、この本を通じて何かメッセージはありますか?

二通 : 特別支援教育にかかわらず、教育全般において、「全ての子どもを救う」、「ダメな子はいない」という考え方を持つことが大変重要だと考えます。この考え方をしっかり自分の中に据えながら、目の前にいる子どもに対し自分には具体的に何ができるかを、失敗したり挫折したりしながら考えていって欲しいと思います。

 二通先生からのメッセージ、私たち人間科学科としても、しっかり受け止めて考えていきたいと思います。

新任教員紹介:大塚 宜明先生

人間科学科には2014年度4月より大塚宜明先生が着任されました。写真は研究対象でもある石器です。

石器と大塚先生

石器と大塚先生

研究室は5階で眺めはいいです。

研究室は5階で眺めはいいです。

自己紹介:私は、アフリカで誕生した人類が、旧石器時代(氷河時代)の日本列島に、どのように移住し住み着いたかを研究しています。世界規模の非常にスケールの大きな内容ですが、実は10cmにも満たない小さな石のカケラ(石器)が研究の対象です。

私の考古学との出会いは、大学入学直後に見た、小さな石のカケラがはじまりでした。標本箱にぎっしり詰まった石のカケラは見るからに鋭利だったので、私は昔の人が作った道具なんだと感動していました。その時、「それは道具ではなく、道具を作ったときにできた石のカケラ、つまりゴミだよ」という話を先輩から聞き、私は驚愕しました。なぜなら、自分にはその石のカケラが当時の人の道具だったのか、あるいは道具を作った時のゴミかも分からなかったからです。同時に、それを判断することのできるのが考古学なんだなと実感したのです。

物言わぬ石のカケラから過去を読みとる。それが私の考古学との出会いであり、その時の思いが今でも私の研究の原動力となっています。皆さんも、自分の打ちこめるものを見つけ、自身の世界を築いていきましょう。チャンスは、皆さんのまわりにあるはずです!!!

 

児島恭子教授のエッセイを巻頭に掲げた広報を発行しました

児島恭子教授による自己紹介を兼ねたエッセイ「文化の多様性と人間を知る学問へのいざない」が、3月7日発行の『札幌学院大学人文学部報』35号巻頭に掲載されました。人間科学科の近況報告などの記事もあります。1ドル360円というと、日本円の米ドルに対する価値が現在の3分の1以下の時代です。

人文学部報35号表紙

新任教員の紹介

2013年4月より新しい先生をお迎えしました。児島 恭子先生です。手にされているのは、先生お気に入りのSGUマスコットキャラクター「ブラウニー」(エゾりす)です。
 
SGUのマスコットキャラクター「ブラウニー」(エゾリス)を手に。

 

【自己紹介】

2013年4月1日に札幌学院大学に来ました。日本史の授業を担当しています。専門は何かと尋ねられると、困るんですよ。卒業論文は「倭の五王」でした。中国の『宋書』に書かれた5世紀の倭国の5人の大王のことです。修士論文は8世紀の戸籍に載っている数千の人名の分析から、律令の父系的な家族秩序とは異なる家族の実態を明らかにしようとしたものでした。同時にエミシ・エゾへの関心からアイヌ語の勉強をしていて、アイヌ史に傾いていきました。だから日本史・東洋史の文献研究を基礎に、アイヌ語によってアイヌの文化を理解することを通じて、総合的なアイヌ史研究を構築するというのが、ひとつのおおきな道です。それは時代を限らない視野を必要としています。博士論文はアイヌ史でした。また、女性史研究にもかかわっていて、どちらも日本史研究との関係が、不当にもマイナーとみなされています。近年は樹木の文化史にも関心をもって、夢中になっています。とくにイチョウですが、なんでまたそんなことを、という質問もされて、困っています。イチョウは人間が植えることによって現在に至っているので、歴史の問題なのです。興味のある人は委細面談。
 ユニークでオリジナリティがあることが大事。理想は、何によらず大胆かつ細心なことですが、じっさいは穴だらけの私の研究と人生。それでもどこかに光る部分があれば、と思います。
大学時代に培ったことはあとで利いてきます。歴史を学ぶことは人間である自分を知ることであり、洞察力(この言葉、かっこよくて大好きなんです)を磨く営みです。共感できる(かもしれない(気がする))という学生諸君を待っています。

とっても明るい先生です。

とっても明るい先生です。

 

児島先生が着任された4月上旬にはまだ固かったSGUキャンパス内の桜のつぼみも、連休明けの現在、ピンク色がみえてきました。大学内もようやく春らしさが出てきました。

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