1998・4・1 No.8


長野冬季五輪を振り返る

戸田 昭治 Akiharu Toda


 二十世紀最後の、国内では札幌以来26年ぶりの長野冬季五輪大会は、大きな感動を残して閉幕した。その評価は、個人が抱く「スポーツ観」によって異なるので一概にはいえないが、日頃からスポーツに関心を持つ者の立場から、この大会を振り返ってみたい。
 先ず、参加国・地域数や選手総数が、過去最多を記録したことを評価したい。ケニヤやジャマイカ等、雪や氷と縁の薄い国や地域からの参加もあったし、3度も出場基盤の変更を余儀なくされ、今回漸く落着いて参加出来た選手もいた。今大会は、五輪の理想の一つである国際・平和主義が尊重された、近年稀にみるイベントであったといえよう。
 次に、商業主義が益ます進行しつつあることを実感した、16日間でもあった。ロス大会から指摘されてきたパトロネージやスポンサーシップが増大の一途を辿り、それらに配慮する仕組みが随所に見られたし、ショー化も顕著であった。単に時代の趨勢だけでは済まされないものを感じたのは、私だげであろうか。五輪が巨大化し、その経費を賄うために商業主義が進行するという悪循環は、長野大会で終わりにしたいものである。
 また、日本選手のリラックスぶりにも注目したい。この大会での獲得メダル数は10個、入賞者も含めて、何れも今迄の冬季五輪での最高の成績であった。この実績は、技術や戦術・戦略等に支えられたものであるのは勿論のこと、加えて、選手自身によるメンタル的自己管理が成功した結果の賜物として、高く評価すべきであろう。
 最後に、観衆の応援態度に着目したい。観衆は、当然自分の身近なメダルにより近い競技に集中したが、マイナー種目も多数の観衆で大変盛り上がったのも事実である。今大会での応援ぶりを見ると、日本選手だけではなく、雪や雨の中、終始総べての選手平等に熱い声援を送り続けていたようである。これはまさに応援マナーのファインプレーであり、スポーツ文化の後進国日本にも、漸くそれを育む土壌が醸成されつつあるとの思いを強くした、本当に嬉しい大会であった。
 スポーツには、不調時のもだえと好調時の有頂天、ファインプレーの美と凡ミスの醜等、多くの二元性がついて回る。勝利の美酒と挫折の苦汁の差、それは神の采配かもしれぬが、そこにドラマが生まれ、人びとを感動へと誘うのであろう。「たかがスポーツ、されどスポーツ」の言葉は味わいが深い。


1997年度学位記授与式
 ─人文学部272名卒業─ 

 1997年度の学位記授与式(卒業式)は、3月20日北海道厚生年金会館で挙行された。
 本年度の卒業生は、大学院法学研究科が7名また6学部では1156名でそれぞれに修士・学士の学位記が授与された。
 授与式では各研究科長・学部長より、研究科・学部・学科の代表に学位記が授与されたが、人文学部では、人間科学科の162名、英語英米文学科の65名の計227名に新たに人文学士の学位が授与された。これにより、今までの人文学部の卒業生の累計(含、前期卒業)は、人間科学科は2470名、英語英米文学科は1072名となった。学部全体では3542名である。
 本年度の卒業率(卒業対象者に対する卒業者の割合)は人間科学科が86.2%(前年度は86.0%)、英語英米文学科は86.7%(前年度は87.9%)であった。



1998年度 入学試験結果

 98年度の入学試験は12月の推薦入試に始まり、3月5日の商学部第二部試験をもって終了した。18歳人口の急減により、全国的に大学志願者の減少が続き本学でも92年をピークにその後減少が続いている。本年度の全志願者は推薦と一般入試を併せて7384名で、昨年より1903名の減少であった。
 人間科学科では、1321名の志願があったが、昨年より192名減(12.6%減)、英語英米文学科は442名であり、昨年比で148名城(25.1%減)である。



社会福祉士受験資格課程が本学でもスタート

 念願であった社会福祉士の国家試験受験資格は、1998年度から本学においても取得可能となった。社会福祉士は、「社会福祉士及び介護福祉士法」による国家試験に合格して厚生大臣による登録を受ける。これは「社会福祉士」の名称を用いて、専門的知識及び技術をもって、身体上もしくは精神上の障害があること又は環境上の理由により日常生活を営むのに支障がある者の福祉に関する相談に応じ、助言、指導その他の援助を行うことを業とする者である。欧米諸国でいうソーシャルワーカーに相当する専門職である。
 社会福祉士は、社会福祉への需要が普遍化するとともに複雑多岐になり、社会福祉に関する高度の専門性が求められるようになって、87年に「社会福祉士及び介護福祉法」が制定され、国家資格として認められた。それまでは、社会福祉主事が専門資格として認められていたが、福祉事務所の専門職員として従事する場合に有効となる任用資格であり、社会福祉施設等では準用していたに過ぎない。その意味では、「社会福祉主事任用基礎資格」の課程は、有効性が薄くなった。
 社会福祉士は、医師や弁護士のようにその資格がないと従事できない業務独占ではなく、単なる名称独占にすぎない。しかし、国家資格であることからこれからは社会福祉施設や社会福祉協議会、民間非営利団体、民間シルバーサービス等で働く場合に有利な条件となる。
 97年の試験の結果は、全受験者数9,649名、合格者数2,832名で合格率29.4%である。福祉系4年制大学の受験結果だけをみると、受験者数6,896名、合格者数1,621名で合格率23.4%である。97年度までの登録者は10,097名である。
 本学の卒業生ですでに社会福祉士になったものは、現在10名が判っている。この人たちは、卒業後1年の養成課程を履修したか、あるいは働きながら通信教育で指定科目を履修してチャレンジしたと思われる。その努力に敬意を表したい。今後は本学での学修を通して試験にチャレンジする者が増えることを期待する。

(津田光輝)



 沖縄国際大学との「単位互換」開始される
沖縄から本学に6名、本学から沖縄に3名

 昨年11月に沖縄国際大学文学部と本学人文学部との間で、単位互換協定が結ばれたことにより、本年4月から「特別聴講学生」の交換が始まった。
 本学人文学部人間科学科からは、中 一志(3年)・栗山智樹・藤原元暁(2年)の3君が、1年又は半年間沖縄国際入学で学ぶことになった。
 また、沖縄国際大学文学部社会学科からは、永井亜矢(4年)・新川志麻子・米須千弥子・山城麻理子(3年)・東江 滋・知念政樹(2年)の6人の諸君が、この4月より北海道での生活と本学での学修を開始した。6名とも沖縄出身で、北海道の風土・文化に強い関心を持っており、1年間の生活を楽しみにしている。
 それぞれの土地で生活を営みながら、違った大学のカリキュラムを学び、学生相互の交流の中で豊かな学生生活が体験できることで、この制度の成果が期待される。なお、沖縄国際大学からは法学部にも今年5名の「特別聴講学生」か来ている。


 
韓国東国大学校から「特別科目履修生」

 昨年6月に、本学は韓国の東国大学校と「学生交換協定」を締結し、学生の相互交流が図られることになった。
 その第1年目となる本年は、東国大学校から1名の「特別科目履修生」が1年間の留学のために、この4月から来学している。来学したのは、金 秀美さんで、東国大学校文科大学日語日文学科の3年生である。
 金さんは、人文学部英語英米文学科に席をおき、日本語の学修と人文学部の科目を中心に学ぶことになっている。
 本学でもアジアからの留学生が増えつつあるが、大学間の学生交流による留学生は初めてである。
 今後は本学からも東国大学校に留学する学生が出て、交流の輪が拡大することを期待したい。

 定年退職教員プロフィル 

・杉本 正教授(英文学)
札幌文科専門学院卒業後、慶応義塾入学に進み、1956年札幌短期大学に赴任、以来短大で教鞭を取り、77年札幌商科大学人文学部教授となる。英語英米文学科長・人文学部長を務め、95年から学長。イギリス現代詩が専門の本学生え抜きの教員。札幌学院大学名誉教授。
・宮内 陽子教授(西洋哲学)
北海道大学文学部を卒業後、中央大学文学部勤務を経て、1967年札幌短期大学に赴任、76年札幌商科大学教授に、77年からは人文学部に。学部教務委員長、学園50年史編集委員長などを務める。哲学的人間学を基本テーマとしつつ、生命倫理の研究にも取り組む。札幌学院大学名誉教授。
・戸田 昭治教授(保健体育学)
北海道大学教育学部卒業後、高校教諭を経て、1969年札幌商科大学に赴任、77年人文学部所属となる。79年に教授。教務委員長、本学生協理事長などを務める。体育実技の指導とともに「生涯スポーツ」をテーマに研究・実践活動に取り組む。札幌学院大学名誉教授。
・鈴木 秀一教授(教授学)
東京大学大学院を経て、小樽商科大学から北海道大学教育学部へ、1973年教授、教育学部長などを歴任、90年に本学に赴任、教職課程委員長などを務める。
国語教育の方法論や学力論の研究に従事、新しい学校づくり運動にも取り組む。
・岩城 禮三教授(英語音声学)
 小樽商科大学・日本大学文学部を卒業後、道内高校・道立教育研究所を経て、小樽商科大学短期大学部へ、1980年札幌医科太学教授となる。95年に本学に赴任。
永年、国際語としての英語の教育方法に関する理論と実践の研究に取り組む。


●人文学部最終講話●

 人文学部では3月31日付で、定年(68歳)となった5名の教員が退職された。
 学部では恒例となった退職教員による「最終講話」が、3月10日に50年記念館特別会議室で開かれた。
 当日は、同僚教員や学生も参加するなか、岩城禮三教員(写真)から「迷路歴程半世紀」、鈴木秀一教員から「教育価値の多様性について」、戸田沼治教員から「学校とスポーツとの関わり」と題する講話があった。
 それぞれのお人柄を滲ませながら、ご自分の長年の研究・教育活動を振り返りつつ、自らに課してこられた専門領域でのテーマをめぐって、大変興味深い数々の話題が披露された。それらは今後の本学の研究・教育の在り方に対する様々な批判と示唆を含むものであり、本学に対する大きな期待も込められていた。またときにはそのライフワークヘのこだわりと情熱の源泉にも触れられるなど、参会者に深い感銘と共感が広がるひとときであった。
 諸先生方の今後のご健勝を祈念致します。




人文学部開設20周年記念
英語英米文学科主催記念行事

英語教育の可能性を問う

 夜来の雨もあがり、待望の秋の日差しがきらめくキャンパスで、人文学部開設20周年を記念した英語英米文学科主催の一連の行事が10月18日(土)、午前10時半にスタートした。
 最初は本年より導入された北海道初のコンピュータ支援によるCALL教室の一般公開である。講師である岡崎清教員がCALL導入の目的、その効果的な利用法等について紹介し、続いて、土曜日の午前中にもかかわらず補助椅子まで用意するほど集まった参加者は、岡崎教員の指導に従い、BBC制作の英語学習ソフトを自分で操作し、コンピュータを利用した英語学習を初めて体験した。
 午後1時半からは会場をG館のSGU記念ホールに移し、中野人文学部長の挨拶を頂いた後、米国スタンフォード大学から来日されたジョアン・マコーネル博士による講演会が、200名以上の聴衆を前にして開かれた。演題は「ボーダレス時代におげる世界語としての英語#であり、女史は現代における英語の多様性を踏まえた上で、21世紀における英語学習の必要性と重要性を先生の体験談を交えながら強調された。長年イタリアで外国語教育に従事された経験に基づく講演内容であり、会場に集まった道内の英語教育の専門家にとっても示唆に富んだものであった。
 本学の岩城禮三、及川英子両教員の司会によって始まったシンポジウムのテーマは「変貌する英語学習環境とコミュニケーション 国際化とマルチ・メディア化をふまえて」であった。講師の飯塚成彦氏(白鴎大学)は児童英語教育・早期英語教育を推進する立場から、言葉としての英語教育の重要性を力説された。続いて福田昌八氏(熊本大学)は運用能力の高い英語教員を養成してきた経験から発言し、英語教員が変われば、生徒・学生も変わる可能性が大であることを指摘された。最後に羽鳥博愛氏(文京女子短期大学、実用英語検定協会会長)はマルチ・メディアを利用した英語教育を推進する立場から、その利点を挙げて、特に生徒・学生に対する動機付けとしての有効性を強調された。聴衆からも活発に質問が出され、これからの英語教育に対する関心は会場全体で高まった。
 シンポジウム直後にG館8階で開かれた懇親会には遠来の著名な講師との懇談希望者が多く、会場整理で手伝ってくれた学生達も加わって、お互いの近況や英語教育に関わる最新の情報交換などが続いた。最後に懇親会参加者全員で記念撮影して、互いの別れを惜しみつつ、散会となった。

(宮町誠一)



20周年記念「シンポ」などの記録集(『紀要』特集号)を発刊

 今年度、人文学部では学部開設20周年を記念して、様々な記念事業が催された。その中で9月には人間科学科主催の「第3回フォーラム人間科学を考える」が、10月には英語英米文学科主催の「講演とシンポジウム」が開かれ、それぞれ盛会裡に終了した。
 人文学会では、その時の報告や討論内容を編集・収録した『人文学部紀要』の特集号(第63号)を発刊した。学部の記念事業として行われたこれらの学術集会の成果が、本学から広く全国に発信されて、関係者に共有化されていく意義は大きい。今後の反響が期待される。


─学園創立50周年人文学部開設20周年記念論文集─

人文学会紀要第62号を特集号に


 昨年の3月に、学園創立50周年・人文学部開設20周年を記念して人文学会紀要では「人間科学の現状と課題」のテーマのもとに「特集号(紀要第60号)を発刊した。今年度は第62号で「英米の言語と文化」と題して記念論文集を発刊することができた。論文11本と研究ノート2本(別に特集号以外の論文3本)、言語、文学、歴史などの諸分野が含まれていて、執筆者は英語英米文学科所属の専任の諸教員をはじめとして外部から八木克正氏の「現代英語研究の実際と辞書記述−コーパスを利用して」青木暢氏からは「アメリカのPublic Diplomacyについて」の論考の寄稿をうけている。紙上をかりてお礼を申しあげたい。ともかく、英語英米文学科の総力をあげた論文集といってよいであろう。大学教員は教育は勿論のこと研究にも大いに専念しなければならないのであって、常日頃のこの方面での研鑽の一端が示されているはずである。いずれにしても多くの人達によってこの論文集がよまれ学ばれることを念じて紹介としたい。

(北爪真佐夫)



 海外研修の機会が豊かに、広がる 

 本学では従来、米国カリフォルニア大学デーヴィス校での短期海外研修と、米国パシフィック・ルースラン大学(PLU)での半期留学プログラムを実施し、米国の歴史、文化に対する理解を深めると同時に、ホストファミリーとの生活体験と実践的英語力向上を目指してきた。
 1997年度においてはカルフォルニア大学デーヴィス校で54名の学生が5週間の研修に参加した。またワシントン州シアトル市から一時間の距離にあるPLU大学では前期・後期併せて、14名の学生が5カ月に渡る研修を無事終えている。
 98年度においては、新たに三つの海外の大学との交流が始まろうとしている。アジアからは韓国ソウル市の東国大学校から2名の日本語専攻の学生が4月から本学英語英米文学科に所属し、講義やゼミに参加しながら、日本語と英語の運用能力の向上を目指す。
 ヨーロッパからは英国エセックス(EU)大学が本学の学生に研鑽の場を提供してくれる。ロンドンから東へ電車で約50分のコルチェスター市に位置した、緑と歴史的建造物に囲まれた理想的なキャンパスである。すでに2名(1人は法学部出身)の学生の参加が決定している。
 更に今年の夏期短期海外研修プログラムはカナダのサイモン・フレーザー大学で実施されることになった。バンクーバー市に隣接するバーナビー市の丘に広がる広大なキャンパスからは、360度、自然豊かな眺望が満喫できる。美しい自然に囲まれた環境で、英語コミュニケーション能力の一層の向上を図ると同時に、ホームステイや学生寮での実生活を通してカナダの文化や社会についても体験的に学ぶことができる。
 98年度からは、半期研修参加者に対しては、次のような奨学金制度が新たに導入される。米国PLU参加者10名に対しては各20万円、英国EU参加者1名に30万円が支給される。
 このように北海道の本学のキャンパスは広く海外と繋がっている。

(国際交流センター 宮町誠一)


 1997年度人文学部の卒業論文 

 人間科学科 

人間の形成と発達

 今年の卒論提出者は71名で、2日間の発表会は2グループに分かれて行われた。
 卒論のテーマはコースの特徴を反映し、バラエティに富んだものであった。一部を紹介すると、小林ゼミでは、新しい読みの可能性を提示した「文学作品の理解における視点論に関する一考察」(簗瀬麻衣)や「幼児期の『心の理論』に関する一考察」(村椿彩美)。澤田ゼミでは、専門性の高い「指尖容積脈波を指標としたストレス負荷時のαアドレナリン作動性交感活動の定量的評価」(石垣美保子)、あるいは自分の特技を生かした「エアリアルスキー選手における、人格・行動特性、ソーシャル・サポートの傾向と傷害発生」(岩渕千代子)、「手話学習における手話の写像性と記憶過程」(津村徳子)など。清水ゼミでは、病院での体験をまとめた「動的家族画法による摂食障害事例の家族関係の分析」(藤長すが子)や、「返報行動に関する一研究」(川上健二)といった実証的な研究。今年で最後の卒論となった鈴木ゼミでは、「書教育の理想における研究」(田島直哉)、「不登校・新たなる道の開拓」(山田桂子)など。滝沢ゼミでは、自分の関心を鮮明に打ち出した「青年期における失恋が人間的成長に与える影響」(勝又清一郎)や、現代的な問題を扱った「『児董虐待』概念と親子の意識の違いについて」(水谷直美)。武石ゼミは、「日本のNIEの諸問題」(駒井妙子)、「『新聞教育』への一考察」(徳田絵里子)など取材に基づいた新聞教育に関する研究。また廣川ゼミでは、「保健婦の力量形成についての一考察」(鈴木みや子)、「『大造じいさんとがん』からみた授業づくりの分析」(中野愛)など、優れた論文があった。
 今回、明確なな問題意識をもった論文が多く、特に社会人入学の学生が自分の実践をまとめたものが印象に残っている。ユニークな論文が多かっただけに、発表会には多数の在学生に参加して欲しかった。

(滝沢広忠)

社会生活と人間

 毎年のことながら、卒論発表会に出席して学生の報告を聞くと、「ああ、やはり卒論を書かせて良かった」と思う。それまでの道程が、学生のみならず教員にとってもかなりきついものであるだけに、その思いは切なく、かつ明るい。
 今年の本コースの卒論のなかでは、とりわけ歴史系のゼミの卒論に力作がみられた。それはたとえば「ロスチャイルド家とシオニズムの関わりについての一考察」(高橋ちひろ)、「周恩来−遵義会議までの彼の行動とその理念」(石澤正幸)に代表される作品で、問題意識の明白さ、検証の手堅さにおいて秀でていた。何を書きたいかという主題の限定がクリアな作品は、概ね、満足のいく仕上がりをみせていたと思う。
 また「地域高齢者福祉の形成と住民参加」(道端直美)、「しあわせに老いる1家族介護」(村上さやか)といった卒論に代表されるように、インテンシィヴな調査に取り組んだ作品のなかにも、若者らしい瑞々しい感性に彩られた卒論がみられた。これに比べると、配布調査をもとに仕上げた卒論は、オープン・アンサーの扱いに成功した場合をのぞき、やはり隔靴掻痒の感の強いものが多かった。
 かなりの枚数を書いてはいるが結局のところ展開が不十分のまま終わった卒論、資料の収集にかなりの時間をかけていることはわかるが、分析不十分で終わった論文、問題意識はクリアだが、選定した参考文献が入門的なものであったため概説的展開と結論にとどまった卒論等々、努力を認めてようやくC評価という作品もあった。
 総じては、先に指摘した問題意識の明確さに加え、時間をどれだけかけたか、抽象度の高い作品に仕上げるためにどれだけの努力をなしえたか等によって、卒論の仕上がりが左右されるという、ある意味では当然の事実が今年も又うかびあがったといえよう。
 今年の発表会の掉尾を飾ったのは、中国からの留学生の卒論「中国における都市家族の実態について」(イ冬薔)であった。在日5年間の留学生活の研鎖を十二分に示す完成度の高い卒論を書き上げた努力を高く評価したい。

(布施晶子)

思想文化と人間

 提出された34名の論文のうち、力作として評価されたのは、次の10論文である。
 鶴丸ゼミの「本学考古学展示室所蔵の遮光器土偶の真贋について」(市川恵司)は、本学の遮光器土偶を取り上げ、東北地方のそれと比較検討しながら、本学のそれを贋作のひとつであると検証した。「北海道における縄文時代の装飾品について」(佐藤亜希)は、道内で発掘された、縄文時代の勾玉、玉、耳飾りなどの装飾品が、出土状況からみて、日常生活に密着して用いられていたものだと結論づけた。「”ヨナ抜き”は立証できるか」(田村直子)は、日本固有の音階といわれる“ヨナ抜き”を取り上げ、明冶時代以降の音楽教育のなかで用いられた唱歌を自ら調査することで、やはり“ヨナ抜き”が存在することを立証した。
 奥谷ゼミでは、「官制陰陽道の成立と変遷」(長野伸一)をテーマに、中国の陰陽五行説にもとづき道教をもルーツにもち、また仏教の伝来とともに大陸から日本に入ってきた陰陽道が、どのように朝廷のなかで利用され、官制化された学問として確立していったかを論じた。
 中野ゼミの「曹操に見るリーダーシップ観」(濱谷大介)は、三国志の英雄曹操を、民衆の目を大切にし、優秀な人材を登用した人物として、史上まれに見る逸材として評価し、彼の指導力に学ぶべきだと論じた。宮内ゼミの「臨死体験」(小林桃子)は、これが死後の世界を現実に体験したものとする説と脳内現象だとする説とを比較検討して、それぞれの問題点を論じた。「アンデルセンの子供観」(近藤結子)は、彼の童話には死を扱ったものが非常に多いことから、彼が死を通じて子供をどう見ていたのか、何を子供たちに伝えたかったのかを問題とした。「埴谷雄高『死霊』を読む」(菅原幸樹)は、埴谷雄高の未完の長編小説『死霊』を取り上げ、「自同律の不快」から「虚体」にいたろうとする彼独特の小説世界を分析した。「孟子を読む」(宇山誠治)は、孟子が孔子の思想の継承者であるという通説にたいして、孔子とは論理性や政治的急進性、性善説や革命論などの点でかなりの隔たりがあることを論じた。「ドゥルーズからみた二ーチェ」(澁谷賢利)は、現代フランスの哲学者ドゥルーズの、自由間接話法という独特な方法に支えられたニーチェ再評価を多面的に論じた。

(奥谷浩一)

 英語英米文学科 

 本年度は偶然ながら、英語学・コミュニケーション、英米文学、英米文化の各分野で提出された卒業論文がちょうど3本ずつであった。
 それぞれの分野の論文のテーマをあげてみよう。
 英語学・コミュニケーション分野は、「スコットランド英語について」(黒川麻子)、’On the Change of American English: An Influence of Spoken English'(村本考子)、「アメリカ英語における方言の研究─ The Adventure of Huckleberry Finn を中心として─」(関谷朝香)、以上後藤ゼミ。
 英米文学分野では、「『ハックルベリー・フィンの冒険』の主題について」(神山綾子)、「Bernard Malamudの作品にみられるアメリカのユダヤ人」(武田千絵)、「ファンタジーの産業化〜ディズニーワールドを通してみたアメリカのイデオロギーの拡散とその抵抗〜」(案浦正裕)、以上岡崎ゼミ。
 英米文化の分野では、「ハリウッドを襲った赤狩り」(増山万利子)、「次世紀のアメリカに世界の警察は勤まるか」(渡辺佑子)、以上青木ゼミ。「ジョン・レノンの残したもの〜 Love And Peace 〜」(谷脇ひとみ)以上菅原ゼミ。
 各分野での特徴として、英語学・コミュニケーション分野では英語の地理的な差異あるいは時系列的な変化を扱ったものが中心。
 英米文学分野では文学から文化・社会を見ようとするものが中心、そして英米文化分野では対象時代が1950年代以降という極めて現代史・同時代史的なテーマを扱ったものが中心である。
 特に画期的なものとして、後藤ゼミの村本論文が指摘できる。題名から想像されるように同論文は英語で書かれている。英語論文は極めて稀であり、それだけに、本人の意志の強さと勇気は賞賛に値するといえよう。

(中川正紀)



1998年度 教員採用は人文学部で7名に

 教員の採用枠が減少するなか、1998年度採用検査では本学全体で18名が登録された。そのうち、人文学部人間科学科から中学社会1名、特殊高等部・地歴2名、英語英米文学科から中学英語1名、高等学校英語2名が登録となった(別表参照)。さらに1名が私立高校(苫小牧中央高校)に採用が内定している。とりわけ厳しいといわれた採用検査であったが、登録された学生は、「本学で実施されている教職特別講座、教育研究会等で意欲的に学んだ成果」を強調し、あるいは卒業後、道内の中高等学校で臨時講師を経験したというケースもある。
 教職課程委員会では、来年度より実施される介護体験、さらには教職カリキュラムの改革に向けて本学ならではのあり方を検討している。特に、人文学部の教職履修者が教科指導はもとより、生徒指導や学校カウンセリング、さらには特殊教育にも力量を発揮できるような指導を充実させていきたいと考えている。目下、来年の教育実習に向けて模擬授業等の準備に入った人文学部の61名の教職志望学生の多くが次年度教壇に立てることを期待したい。

(小林好和)

   1998年度 公立学校教員採用還考検査登録者・私立学校採用内定者   

 (北海道)中学社会
 ・工藤健一(人間科学科95年度卒鈴木(秀)ゼミ)
 特殊・高等部・地歴
 ・田中昌行(人間科学科95年度卒鈴木(秀)ゼミ)
 ・笹森頁紀(人間科学科95年度卒松本(伊)ゼミ)
 中学・英語
 ・斉藤広恵(英語英米文学科94年度卒及川ゼミ)
 高校・英語
 ・山森章市(英語英米文学科95年度卒中村ゼミ)
 ・鈴江真一(英語英米文学科95年度卒及川ゼミ)
 私立高校(苫小牧中央高校)
 ・鴨居今日子(人間科学科96年度卒奥田ゼミ)



小特集
─「社会人」学生大いに語る─

 人文学部人間科学科には、社会人入学の学生が97年度19名在籍している。このうち、卒業を間近に控えた4年生、佐久間友美さん、鈴木みや子さん、藤長すが子さんの3名に、3年生、坂口美穂さん、田村永子さん、中田陽子さん、増田多智君の4名が加わり、7名の「社会人」学生が、学生生活を大いに語ってくれた。時は、3月11日(水)場所はG館5階レストラン「文泉」である。 学部からは、中野人文学部長、奥谷教務委員長、廣川人間科学科長及び宮町英語・英米文学科長が参加した。
 まず、中野学部長が卒業する4年生に祝意を表したのち、本学の「社会人」学生は昼間部では、圧倒的に人文学部にとりわけ人間科学科に集中していること、このような期待に応え、目下、社会人を中心とする大学院の増設を検討していると挨拶した。話題は卒業にあたっての感想、入学の動機、学生生活、大学への要望など広汎に及び、活発に意見が述べられた。
 卒業にあたっての感想では、「親子ほども年の遠う若い人たちに伸間にいれてもらったことが一番ありがたいことであった」、「入学時に仕事をやめたが、それでよかったのかと不安があった。今は若い人にエネルギーをもらったと思っている」、「卒業論文の執筆が一番印象に残っている」、「若い人たちと交わって柔軟になった。アルバイトで眠くて机に頭をぶつけたこともある、懸命に働き、懸命に学び、懸命に遊んだ」とこもごも述べていた。
 入学の動機、人間科学科の志望理由をめぐっては、「仕事に充たされぬ思いがあったので、結婚資金としてためたものをもとに、入学した。途中でやめると、管理職を諦めるというリスクもあったが、父親が五十代になっても大学に進学しなかったことを後悔していたので、あこがれの大学に入った」、「保健所勤務をしていて、仕事をじっくり深めるために、じっくり学びたいと思い、本学科を志望した」、「子どものころから、考古学を学びたかった。娘が本学科に入学しているのでいろいろ様子を聞き、入学した」、「40歳で入学した。80歳まで活動したいと思っている。デパートの管理職であったが、いまのままでは、通用しなくなると思い、決断して入学した。親のすねに頼らず、自分の力(貯金)で大学にいけることで、自分を褒めたい」、「もともと進学したかったが、直接のきっかけは、看護学校の教官であったときに、研修会で講師たちに、看護職は科学的なみかたが不足しているといわれ、大学入学を決意した」、「看護臨床で手術室で患者さんが、パニックになったときに、気持ちをくめなかった自分にショックをうけ、経験だけでは足りないと思い、心理学を体系的に学ぶ気になった。」、「医師や看護職は良くなる患者さんに目が向きがちだが、自分はホスピスの仕事をしたいので、将来は臨床心理士になりたい」。
 入学後の学生生活をめぐっては、「英語など長く離れていたので、きつかったが、一年ゼミなどで若い級友に助けてもらってよかった。」「主婦であったので授業についていけるか不安であったが、何人かの教員に声をかけてもらって心強かった」、という意見、他方、「やる気のない講義も何割かある。学生の講義中の携帯電話や私語を大学全体として何とかできないか」、「窓口の対応など改善すべき点がある」、「廊下の植木鉢がいつのまにかプラスティックに代わっているが、こういうところに神経をつかってほしい」、「学ぶ意欲のある社会人学生をもっとうけいれて欲しいし、大学院の増設を期待する」など、教職員や大学への積極的な、傾聴すべき意見も寄せられた。
「社会人」学生の座談会は、1993年に続き、2回目であるが、今後も継続的にこういう場をもつことが望まれるということで一致した。

(廣川和市)



─社会人入試について─

 本学の社会人入試制度は、短大以来の歴史があり、その伝統は商学部第二部が引き継いできた。
昼間部では88年度に人間科学科が最初に導入した。97年度から英語英米文学科が導入し、99年度からは全学部で実施する。人間科学科11年間の全志願者は68名、合格者は48名、入学者は39名、97年度までの卒業生は17名、今年4月現在19名が在籍している。入学者の4分の3を女性が占め、20代後半,30代が多いが、最近は40代も増えている。入学前の状況は看護婦(士)や保健婦等の医療従事者が多いが、公務員やエンジニア、主婦等多彩な顔触れである。
人間科学科では15名、英語英米文学科では4名の受け入れ枠を設けて、社会人の積極的な受け入れを図っている。


沈 勇強さん(元留学生)
  母国の教壇に立つ

 94年度の人間科学科(小山ゼミ)卒業生で、北海道教育大学大学院に進学した中国からの元留学生沈勇強さんが、この3月同大学院教育学研究科修士課程を修了し、4月から母国の上海師範大学に臨床心理学を教えるスタッフとして迎えられることになった。
 沈勇強さんは、上海市の衛生学校を卒業後、12年にわたって病院に勤務したのち、心理学を勉強するために88年に来日して日本語を学んだ後、91年4月に人文学部人間科学科に入学し、95年3月に卒業した。沈さんから学部に寄せられたメッセージを紹介する。

─友好交流の架橋に─

沈 勇強

 私は今春ようやく大学院を修了しました。ほっとする間もなく、札幌学院大学でのいろいろな思い出が頭に浮かんできました。毎年の中野教養ゼミのコンパを楽しみにしていました。それよりもたくさんの友達ができたことは大事だと思います。中野徹三先生をはじめ、クラスメートの皆様にお世話になり通しでした。心から感謝いたします。
 入学当時は我国の臨床心理の道を自分の手で開きたいというような、随分大きな抱負もありました。小山充道先生には心理臨床の道への手ほどきをしていただき、深く感謝しております。
 私は、札幌学院大学および北海道教育大学のお陰で、上海師範大学に採用され、そこで臨床心理学の講義を担当することになりました。4月に日本を離れ、上海に赴任します。これから学生という特権を離れ、すべて一人前の人間として、社会の要求に応えて行かなければならないと思うと、緊張を禁じ得ません。今後も私が心理臨床の研究を続けていくためにも、学生時代にもましてご指導賜りますようお願い致します。
 こんごは両大学の国際的学術的交流の橋をかけるために、その一員として頑張りたいと思います。


アメリカでの大学院生活

 僕は今、アメリカはミネソタ州にある Mankato State University の大学院で英語教育を専攻しています。1996年の秋に来てから約一年半になりますが、ハードなスケジュールをこなしながらも楽しい学生生活を送っています。この大学はクォーター制なので、短期間に集中していろんな勉強を消化しなくてはならず、大変です。特に大学院では毎週膨大な量の本を読み、ペーパーを書き、授業ではプレゼンテーションをしなければなりません。加えて僕の場合、大学でフランス語も取っているので、息つく暇もないという感じです。それでも時間を見つけては、水泳やラケットボールに行ったり、日本語教師のパートをしたりして、気分転換をしています。
 アメリカ人の友人の紹介で、今は大学のそばにあるルーテル教会に数人のアメリカ人学生達と暮らしています。教会に住んでいるということで、僕が接する人達は常識のある親切なアメリカ人ばかりで、普段は英語しか話さない状況です。それでもまだまだ英語でわからないこともあるので、ボキャブラリーやグラマーの勉強も欠かせません。
 アメリカの大学生はかなりワイルドです。信じられない服の着こなし、冬でも半ズボン等々しかもみんな体が大きい。みんなのっしのっし歩いているのを見ると、アメリカなんだなあ、と思います。そんななかで快適なキャンパスライフを送っています。
 これからもリサーチやテストで忙しくなりますが、いろんなイベントや仕事に参加しながら残りの学生生活を楽しく送ろうと思っています。

(新山乃輔 英語英米文学科95年度卒岡崎ゼミ)


おめでとうございます
 ◎大学院合格者
 ・北海道教育大学大学院教育学研究科、社会教育専修
 イ冬 薔(人間科学科97年度卒布施ゼミ)
 イ冬さんは中国からの留学生。
 ・茨城キリスト教大学大学院文学研究科教育学専攻
 簗田さや夏(人間科学科97年度卒清水ゼミ)
 ・札幌学院大学大学院法学研究科法学専攻
 後藤公子(人間科学科96年度卒奥谷ゼミ)

 ◎認定心理士資格取得者
 大宮真実(人間科学科九五年度卒北島・安栄ゼミ)
  人間科学科の卒業生で、認定心理士資格取得者は12名となった。


97年度学部教員の人事、研究活動等(10/1〜4/1)

◎教員の異動

▼退職(3月31日付)
・杉本  正(英文学)
・宮内 陽子(西洋哲学)
・戸田 昭治(保健体育学)
・鈴木 秀一(教授学)
・岩城 禮三(英語音声学)
・中川 正紀(アメリカ史) フェリス女学院大学へ転出
・O.S.Iiglin(英語)
・J.D.Tario(英語)
・S.W.Piercy(英語)

▼採用(4月1日付)
・助教授 D.W.Hinkelman(英語)
 米国アズサ・パシフィック大学人材開発学部教育・行動科学研究科修士課程修了 北海道教育大学札幌校外国人教師
・助教授 富田 充保(教育原理)
 東京都立大学大学院人文学研究科博士課程単位取得満期退学 埼玉大・都立大講師
・講師 森  直久(心理学)
 筑波大学大学院博士課程心理学研究科単位取得満期退学 日本学術振興会特別研究員
・講師 J.W.Dobson(英語)
 ビクトリア大学卒業
・講師 J.D.Hyre(英語)
 ウォレゴン大学英語教授法教育修士課程修了
・講師 G.J.Macmastar(英語)
 オタゴ大学卒業

◎海外研究出張

・笹岡 征雄 97年12月12日〜12月19日アメリカ「ホノルルマラソン大会と情報交換」
・菅原 秀二 98年2月22日〜3月11日イギリス「資料収集」

◎人文学部教員出版物

・布施 晶子(分担執筆)
 M.B.Sussman, R.S.Hanks eds.“Intercultural Variation in Family Reserch and Theory”vol.I. The Howonth Press 1997.4.$374 p.156(vol I,II set)
・船津 功(分担執筆)
 新冠町史編纂委員会編『続・新冠町史』第一法規 97年12月 1,400ページ
 永井秀夫編『現代日本と北海道』河出書房新社 98年3月 452ページ 9,800円

◎研究助成(新規採用)

・船津 功
「北海道朝鮮人強制連行委託調査」北海道 1,000万円

◎委嘱・発令

・小山 充道
日本心理臨床学会理事
『心理臨床学研究』編集委員(97年11月〜2000年10月)
・酒井 恵真
日本村落研究学会理事・事務局長(97年10月〜99年9月)
・滝沢 広忠
北海道男女共同参画懇談会委員 北海道(97年10月〜99年3月)
・布施 晶子
日本杜会学会理事(97〜2000年)
北海道社会学会長(97・98年度)
・船津 功
札幌市町名審議会常任委員 札幌市(98年〜99年)


人文学部 ホームページを開設

 世界へ向けての情報発信の手段として重要性を増してきているWWWサービス(通称ホームページ)をいよいよ人文学部でも開始した。全学のホームページ(http://www.sgu.ac.jp/)から「学部・学科」「人文学部」とたどれば閲覧できる。
 内容の柱は、人間科学・英語英米文学両学科のカリキュラム一覧と専任スタッフの紹介、学部の各種出版物の紹介および人文学部関連の催し・研究会の案内などである。
 スタッフ個人のページの作成作業も進めており、現在では人間科学科7名、英語英米文学科1名のページが公開されている。各専門ゼミナールのページも今後累積してゆく予定である。このサービスを通して学生が卒業後も人文学部とのつながりを維持できればと考えている。
 出版物では『札幌学院大学人文学会紀要』『北海道文化論』シリーズおよび『人文学部報』を紹介している。とくに『人文学部報』は創刊号にさかのぼってほぼ全文を収録する計画で、現在のところ4〜6号全体と7号の前半が公開済みである。
 取材と内容作成の作業は、現在5名の学生がボランティアとして進めてくれている。彼らの貢献は大きい。
 9月末の正式公開以後2月末までに、アクセス者数はのべ約2,000人、アクセスページ数は約1万3000を数えた。今後は、論文・データベースの収録など、より大学らしい情報発信の充実を進めたい。

(奥田統己)

編集後記

 人文学部20周年の記念行事を終え、学部は新たな出発点に立った。これを象徴するかのように、長年学部教育に携わられた、教員が大勢退職された。そして新たに赴任された教員は例年になく多い。
「社会人」学生の目は鋭い。大学に強い期待と厳しい評価。「頂門の一針」の小特集。
 学部に新風が確実に吹きつつある。
(酒井恵真)