1998・10・1 No.9


英語教育 ―学習の4つのスタイル―
Don W. Hinkelman

 私達教師が、学生達に知識を注ぎ、宿題をチェックし、試験を課しと、眼の回るような忙しさの中で見落としがちなことがあります。目の前の学生達がどのような方法で知識を身につけていくという視点に欠けるのです。

 外国語学習において熟達へ至る道は1つではありません。数多くの道があるのです。「英語学習の最上の方法は何か?」と尋ねる人がいれば、その人は間違った質問をしたことになりましょう。万能の「最上」の方法などは存在しないのですから。学習法を知りたいのなら「私に適する学習法はどれか?」と問うべきです。学習法は学習スタイルと呼ばれ、教師は個々の学生のスタイルの違いを知らなければなりません。
 認知科学者、デビット・コルブは、人間が2つの方法で情報を処理することを発見しました。内省的観察(reflective observation)と活動的実験(active experimentation)です。これを英語学習に当て嵌めるならば、英語が使われる情況から身を退いて先ず言葉の学習をしたいと思う学生もいれば、すぐに英語の現場へ飛び込んで使ってみようとする学生もいるということです。どちらが優れた方法だと言うことはできません。どちらも言語習得に至る有効な道なのです。
 コルブ教授は、また、学生達の情報認知にも2つの型があることを発見しました。情報を認知する際、抽象的概念化を好む者と具象的経験を好む者がいます。英語学習においても、抽象的方法では系統的規則の学習に力点が置かれ、具象的方法では、例えば海外でのホーム・ステイのように、五感全体を使う学習が重視されます。
 興味深いことに、私達の教育システムでは、抽象的内省的思考の方が活動的具象的経験より優れていると考えられています。入学試験の例を見ても、日常生活の中で言葉を適切に使うことができる学生達に比べて、文法の規則を正確に操作できる学生達の方が高得点を得ることができます。
 コルブ教授は、「教師達は、活動的な学生達に不利益を与えないように、周期的に多彩な教授法を用いてはどうか?そうすればどのタイプの学生も心地よく学習できるようになりはしないか?」と提案しています。そして学習の4つのスタイルを、活動的(Dynamic)、分析的(Analytic)常識的(Common Sense)、革新的(Innovative)と名づけています。英語教育においても、学習者に動機を与え、興味を増大させるために多様な教授法を用いたり、メディアを用いたプログラムを役立てたりすることができます。CALLのようなマルチ・メディアや海外での集中的学習体験が人気を得ている理由の1つもここにあります。大学の入試問題にオーラル・スピーキングや面接が導入されるのは、受験生一人ひとりの総合的言語学習能力を評価するためなのです。
 何が英語学習に最上の方法でしょうか?方法は1つよりも4つの方が良いとは思いませんか?


1998年度新入生合宿オリエンテーションを開催

 1998年度の新入生に対するオリエンテーションが4月7日〜8日に開催され、新入学生274名と教員、学生の実行委員会を含む318名が参加した。
 合宿オリエンテーションは、新入生相互の交流を通じてクラス仲間と知り合い、大学生活がスムースにスタートするようにと始められたもので、今年で18回目を迎えた、本学の恒例の行事である。
 人文学部では、まず新入生全員が大学に集合し、中野学部長から歓迎の挨拶と1年次担当教員の紹介を受けた後、学部行事としての講演が行われた。
 講演者は本学人間科学科2期卒業生で、現在北海道友愛福祉特別養護老人ホームに勤務している高島 胤さんである。高島さんは「21世紀に羽ばたく後輩へ〜僕の人生と社会福祉」というテーマで、自分の大学時代の体験と卒業後の社会福祉にかける自分の思いを語り、新入生に対して大学生活を、悔いなく思いっきり味わって欲しいと励ましを与えていた。
 その後、バスに分乗して定山渓グランドホテルに到着。クラス別企画に入って、自己紹介などを初めとするクラス交流会がもたれた。例年指導教員を補佐する、先輩の学生実行委員会の活躍でクラス企画が終わるころには、緊張気味の新入生も打ち解けた表情を見せていた。
 夕食を挟んで開かれた履修相談コーナーでは、資格取得や単位計算などの履修上の相談者が押し掛け、説明役の教職員が大忙しであった。また、先輩学生のアドバイスコーナーも開かれ、学生の「本音」のアドバイスは人気であった。
 翌日は一同に集まっての学部交流会が開かれ、クラス対抗のゲームやパフォーマンスで大いに盛り上がった。


一九九八年度前期末
 学位記授与式 

 今年度の前期末の卒業生に対する学位記授与式が、9月25日本学で行われた。前期末卒業生とは3月までに卒業要件に満たなかったものが、前期期間中の単位取得により、卒業が可能になったものをいう。
 今年度の前期末卒業者は全学部で47名であった。授与式当日、卒業生は各学部長より学位記が直接手渡され、初めて卒業を実感したようであった。
 人文学部では人間科学科が11名、英語英米文学科が3名の計14名が卒業となり、それぞれに人文学士の学位が授与された。これで人文学部の全卒業生は3,556名(人間科学科2,481名、英語英米文学科1,075名)となった。
 学位記授与式の後に、G館特別食堂で大学の心尽くしの祝賀会が開かれ、学長を初め教員からの祝福を受けた後、卒業生は思い思いに卒業にあたっての思い出や抱負を述べあって、決意を新たにキャンパスを後にした。


 99年度より新しい入学制度を導入 

 人文学部では、99年度の入学試験に向けた、制度改革を審議していたが、来年度入試から次のような新たな制度の導入がなされることになった。

(1) 大学入試センター試験
    受入れ枠は、人間科学科15名、英語英米文学科は7名である。
(2) 海外帰国生試験
    受入れ枠は人間科学科、英語英米文学とも若干名。
(3) 指定スポーツ推薦
    従来のスポーツ推薦(公募制B)の他に、特定種目を指定した推薦制度である。
(4) 英語英米文学科がスポーツ推薦(公募制B)を実施
   

 このように人文学部が多様な種類の試験を設定しているのは、様々な条件と可能性をもつ受験生が、その条件と可能性を十分に生かして、入学できるようにという考えからである。


1998年度
人文学部夏季集中講義

● 人間科学科

公開講座・北海道文化論
「北海道と環境保護」

 8月24日から29日まで開講された今年の「北海道文化論」のテーマは「北海道と環境保護」であった。10人の講師の諸先生はいずれも道内の環境保護運動の先頭に立って活躍されている方々であり、各々の立場からこうした運動への取り組みと今後の方向を、時には時間を超過して熱心に講義された。主婦はじめ市民の参加も多く、なかには一日も欠かさず熱心に聴講された方が何人もいらしたことに心より感謝申し上げたい。
 初日の竹田津実氏(小清水町獣医)は、農薬を使わずに土壌菌を用いた土壌改良と家畜の屎尿処理による河川浄化の運動を話された。(写真)
 2日目の俵浩三氏(道自然保護協会会長)は北海道の自然保護の現状と課題、
 3日目の辻井達一氏(北星大)は北海道の湿原保護、森田正治氏(中標津町獣医)は傷病野生動物の救護活動について講義された。
 4日目の柳沼武彦氏(道指導漁連)は樹を植えて魚を増やし、百年前の前浜を取り戻そうという漁業者の運動、また若見雅明氏(黒松内町教育長)はブナ林保護を中心にすえた町づくりについて話された。
 5日目には豊平川河畔林を守る市民運動を展開されている竹中万紀子氏(豊平川ウォッチャーズ)、都市と農村の景観形成の問題に取り組まれている中井和子氏(中井建築研究所)から興味深いお話があった。
 最終日には小川巌氏(エコ・ネットワーク)がイギリスのナショナルトラストとそこから学ぶもの、そして私がアメリカの自然保護思想と我が国の南方熊楠を講義して締めくくりとした。

(奥谷浩一)

心理学特殊講義A
精神障害者に対する地域援助

 今年の夏季集中講義は、札幌市こぶし館の精神科ソーシャルワーカーである伊藤直樹氏に来ていただき、精神障害に関する講義をお願いした。先生は学生時代から精神科病棟で研修をされ、臨床心理士の資格も取得されている。
 講義は、8月31日から9月2日までの3日間行われた。第1日目のテーマは、「『精神障害』・『精神障害者』に対するイメージ」。ある事件を例に取り上げ、「精神障害者」に対するイメージについて考えた。その後、実際の「精神障害」についての基礎的な知識を学んだ。
 第2日目は、「精神障害者の置かれている立場を理解する」というテーマで行われ、前半は、精神病院の様子や入院から退院、デイケアまでの流れについて、VTRやマンガなどの資料を用いて説明がなされた。後半は、障害年金や生活保護などの福祉制度の実際と、「精神障害者」をめぐる報道と人権の問題について検討した。
 第3日目は、「精神障害者」に対する地域援助の方法、その実際の様子について。道内における実践例や、先生ご自身の経験も踏まえながら説明がなされた。
 履修者は219名と多く、関心の高さがうかがえた。

(滝沢広忠)

●英語英米文学科

現代英文法1
現代英語研究を展望

 今年度は、「現代英文法1」の前期分を、関西学院大学教授八木克正氏を講師に迎え、夏季集中講義として開講することとなった。氏は我が国の英文法・語法研究の最前線で活躍され、数多くの優れた業績によって斯界で嘱目される、高名な英語学者である。
 講義は8月24日(月)から29日(土)までの1週間、約80名の学生を集めて、熱心に行われた。我が国の英語研究の歴史、「現代英語」研究の現況、その未来展望などから始まり、更にテキスト・辞書・配布資料に基づく具体的な文法研究の指導へと講義が展開され、その充実した内容と熱意は、受講した学生諸君に多大な感銘を与えたようであった。
 氏は我が国の代表的な英和辞典・英語語法辞典・英文法辞典などの出版に、長年に亘り関わってきた。その豊かな経験を基に、学生諸君に、各々が持つ辞書の多様な記述を比較させて問題点を洗い出させ、関心を喚起させつつ、英語の研究を深めさせる指導に当てた部分は、大学に入るまで辞書から情報を読み取る訓練を十分には受けていなかった新入生諸君に、特に鮮烈な印象を与えた様であった。

(後藤 弘)

 人間学概論A「公開講演会」 

「北海道の自然保護 ―最近30年の動向とこれから―」
エコ・ネットワーク代表 小川 厳氏

 恒例の「人間学概論A」公開講演会は、今年は、「北海道の自然保護―最近30年の動向とこれから―」と題して、エコ・ネットワーク代表の小川巌氏に登場して頂いた。小川さんは、信州大学卒業後北大の大学院農学研究科に入学されてまもなく、それまでは少数の自然科学者や財界の自然愛好者が主体だった本道自然保護運動を市民の運動に転換させたという点で北海道の自然保護運動の分水嶺となった大雪縦貫道反対運動に率先して取り組まれた自然保護運動の先駆者の一人である。
 小川さんは冒頭、誰もが絶景に親しむことができるのに、なぜロープウエーをつくってならないのか?という質問に答えられなかった自分の昔の体験を引き、自然環境の問題は、自分たちの世代だけで判断してはならないのであり、時間の軸を入れる必要がある―これが私たちの原則であると強調された。
 北海道の開拓が始まって130年、それはもっぱら自然をどう克服するかが課題だったが、士幌から然別湖に行くのに11キロメートル(車で10分)しか短縮にならないのに日本最大の風穴地帯とナキウサギなどが住む貴重な生態系を破壊する士幌高原道を百億近い大金を投じて建設しようとする工事が、今なお計画されている。
 小川さんのお話で本学との関係で興味深かったことは、30年前に札幌商科大学が誕生した時に生物学の教授としてお迎えした故館脇操氏(北大名誉教授)が、湿原の価値をかねてから主張されてその消滅に歯止めをかけられたこと、また戦争末期に軍が江別の王子製紙に木製飛行機を製作させた時、黒松内町にある「北限のブナ林」を伐採しようとした企てに身を張って反対し、阻止された、というエピソードだった。
 小川さんが今取り組んでいるお仕事のひとつは、野生動物の救援(アニマル・レスキュー)であるが、自然保護運動にとって重要だと思ったのは、ナショナルトラスト運動の母国イギリスで最近発展している「グラウンド・ワーク」という運動についての解説だった。これは住民(ボランティア)と行政、企業の三者が一体となって、地域の荒廃した環境の再生を進める新しい運動のあり方で、5年間は国が運営費を出すが、あとは完全に自立して活動する、という。
 ここにも、わが国よりもはるかに進んだ市民の自立と環境に対する企業の姿勢が見られる点に、注目したい。

(中野徹三)

日本での学生生活
韓国東国大学校日語日文学科  金 秀美

 4月から始まった私の日本での留学生活もいつのまにか6ヶ月になった。6ヶ月!長くも短くも感じられる時間であった。今、その間の生活を振り返ってみる。
 いよいよ日本へ留学することが決まり、期待に胸がわくわくしていたのに出発する日がだんだん近づいて来れば来るほど不安感に変わり、出発の日にはすごく怖くてすべてをなかったことにしたい気持であった。その時は本当に見知らぬどこかへ引っ張られているようであった。
 こうして始まった私の日本、いや外国での初めての生活。しばらくは全く変わってしまったまわりの環境に何が何だか分からなかった。初めての一人暮し、日本語での授業。一日一日が緊張の連続で人に会うことだけでもすぐに疲れてしまった。一人でご飯を食べる時などはなんとなく淋しくなって涙を流したこともあった。
 同じ東洋系で顔付も似ているし、飛行機で3時間もかからない、韓国とは一番近い所にある日本という国。たいてい人たちは見た目もあまりかわらないし、町の雰囲気なども韓国と似ているので生活の面ではそんなに難しいところはない。
 しかし、日本も外国であるだけに生活習慣とか文化の面では違うことがあって、衝撃を与えられたことが何度もあった。そんな時は改めて「私は今、日本にいるんだな」そして、「これが日本だなあ」と感じたりした。けれども今は及川先生を初め多くの先生たち、友達のおかげで日本語も来る前より上手になったし、日本での生活にもだいぶ慣れた。
 半分ぐらい残っているこれからの生活も最初から再び始める気持で以前よりもっとがんばるつもりである。それで私の人生でまたとなくいい経験にしたい。私にこんないい機会を下さった札幌学院大学に心から感謝します。


 人文学部心理臨床センター
相談室オープン

 かねてから準備を進めてきた心理臨床センター相談室がいよいよその活動を開始する運びとなった。この相談室は、学外の来談者の心理・教育的な問題に対する相談活動を行うとともに、それを通じて心理臨床に関する研究、教育研修を実施することを目的としている。
 心理臨床センター相談室は、本学A館1階に所在し、面接室、プレイルーム(遊戯療法室)などの施設を有している。相談室のスタッフは、現在、センター研究員(臨床心理士資格を保持する専任教員)4名、および研修員4名からなる。相談室研修員は、病院精神科などに心理職として勤務する傍ら、心理臨床技術の向上をはかるべく当センターで勉強を続けている人たちである。心理臨床センター相談室は、教育研修施設としての性格を持つので、研修員が相談を担当する場合が少なくない。研修員がカウンセラーとなる場合には、相談室研究員の中から担当スーパーバイザーを選出し、その指導の下にカウンセリング等を行う体制がとられる。なお、当相談室での相談は有料とし、内規で定められた一定の料金をいただくことになっている。
 相談室の立ち上げに際して、われわれは、当室の相談受け入れ能力を考慮して、無理をせずゆっくりと歩を進めて行くように留意した。7月下旬に、とりあえず周辺地域へのPRとして江別市内および札幌市厚別区内の小中学校に案内パンフレットを送付したが、今後も反応を見ながらPRする範囲を少しずつ広げていく予定である。以上のような次第で、現在はまだオープンしたばかりであり、相談室の活動状況について語れる段階ではない。
 最近、「臨床心理士」養成の大学院設置を目ざす大学の増加が注目されている。心理臨床家の養成においては教育研修機関を有することが必須の条件となる。われわれは、本学の将来を見据えて、この相談室を力ある教育研修施設に育てていきたいと考えている。

(清水信介)

1998年度心理臨床センター公開講座
こどもの心の危機への援助
〜教師と心の専門家の連携にむけて〜

 小学校から高等学校までの教員を対象とした心理臨床センター公開講座「こどもの心の危機への援助〜教師と心の専門家の連携にむけて〜」が、7月25日、26日の2日間、本学で開催された。今年度は募集定員70名としたが、6月の募集開始直後から比較的順調に申し込みが続き、最終的に76名の参加を受け付けたが、かなりの数の申し込みをお断りすることになった。
 本年度は、現代の子どもの心理的特徴と問題、またそれへのさまざまな対応方法について理解を深めるために、6つの講演が行われた。
 初日は、「児童精神科医から見た現代のこども」「現代社会とこどもの心」「発達障害児の心理臨床」の3つの講義が行われた。「現代社会とこどもの心」を担当された東京都立大学教授の岡昌之氏は、スチューデントアパシーなどを例に、現代社会の社会病理と子どもや若者の心理的特徴を鮮やかに解説された。
 2日目には、「教師と専門機関の連携にむけて〜スクールカウンセラーの立場から〜」「家族の中のこども」「こどもの心へのみまもりと援助〜心理療法の立場から〜」の3つの講義が行われた。
 今夏の公開講座も盛会のうちに終了したが、本年10月24日には、公開講座の第2部として「カウンセリング事例研究会」が開催される。昭和女子大学助教授鵜養啓子氏を招き、夏期講座参加者の多くが出席しての会となる予定である。

(伊藤亜矢子)

小特集 人文学部『二十周年記念誌』にむけた
同窓生座談会が開かれる

 「札幌学院大学人文学部二十周年を祝う会」では、現在、『二十周年記念誌』の編集作業に着手しているが、この記念誌に掲載するための同窓生による座談会が開催された。
 8月7日に開催された座談会は、「かでる2・7」を会場に人間科学科からは1977年度入学の佐藤ゆみ子、78年度入学の井上みどり、飯田元、高島胤、79年度入学の下田隆嗣、京谷正博、80年度入学の高橋(旧姓丸山)典子、英語英米文学科からは77年度入学の宮本巌、重久(旧姓金井)真貴子、80年度入学の道塚真奈美、司会として二十周年を祝う会代表の小泉昌弘(77年度入学)の11名の卒業生と、人文学部長・学長を歴任され昨年度退職の杉本正、人文学部教授の船津功の2先生も出席された。
 座談会では自己紹介と近況、入学動機、大学時代の思い出等を語ってもらうことから始まった。喫茶店を経営しながら演劇に関するNGO組織を作る準備をおこなっている佐藤氏は、演劇部テアトロンの様子について、宮本氏は二十周年を祝う会の事務局長としての活動やアメリカンフットボール部の結成について、重久氏は中学の英語教員になるまでの体験、井上氏は自主ゼミの日本史研究会や学芸員の資格を活かした札幌彫刻美術館での仕事について、飯田氏は笹岡先生との陸上部での活動について、高島氏は福祉の仕事につくまでの経験や新聞会での活動について、下田氏は大学祭実行委員長としての苦労や自分の行政書士事務所開設のいきさつについて、札幌学院大学に勤める京谷は今の人文学部の雰囲気について、高橋氏は自治会活動や心理学の自主ゼミ、教育大学言語障害児課程への進学について、道塚氏は外国人モデルのエージェントや通訳、海外で学んだ照明技術を活かした仕事やタレント活動について、それぞれ熱っぽく語ってくれた。
 この自己紹介が終わると、参加者一同、当時の記憶が鮮明に蘇り、サークルや自主ゼミ等で実は一緒だったということもお互い思い出していた。入学動機は「他の大学に入れなかった」、「知人や先輩の紹介」といったように積極的な動機がなかったにもかかわらず、この人文学部の自由な雰囲気に満足し、今ではこの大学で学んだことを誇りに思っていると語った。この自由な雰囲気は、授業に対しては、講義の履修の制限が少なく、自分が興味をもった講義なら他学部のものまで履修でき、学部の枠にとらわれず幅広い知識を得ることができたことや、自主ゼミやサークル、自治会等の課外活動も自ら作り出すことができたという学部の草創期の雰囲気であり、その中でそれぞれやりたいことを思い切りできたと満足感が語られていた。
 また、「今後の人文学部に期待することは」という司会者の問いに、人文学部はジェネラリストの養成を目指した教育に基礎をおいていたが、これからは、目標を絞った形のスペシャリストの養成に目を向けるべきではないかとの意見に対して、今ここに集まった卒業生はそれぞれの仕事においてスペシャリストなのではないか。人間科学科では人間というぼんやりとした対象を社会学・心理学・教育学・歴史学・思想・哲学といった幅広い分野からアプローチすることができたこと、英語英米文学科では、単に英語学や文学だけでなく、その背景にある英米の歴史や文化、政治や社会事情等の人間科学科と同様に、幅広く多くのことを学ぶことができた、これらがそれぞれの職業や生き方の基礎となっているとの意見も出された。人文学部は今後も幅の広いジェネラリスト教育を基礎に、スペシャリストへの道を模索できるような学部であることを期待したい、と意見が一致してお開きとなった。
 約2時間にわたる座談会の後、席を変えて懇親会が行われ、出席した卒業生・教員とも更に旧交を温め合っていた。
 また、二十周年記念誌の企画として現役の学生による座談会も予定しており、2つの座談会の様子は二十周年記念誌に詳しく掲載する予定である。

(京谷 正博)

 98年度学部教員の人事、研究活動等 
 (4/1〜10/1) 

◎教員の異動

▼ 採用(10月1日付)

講師 平体由美(アメリカ史)
 国際基督教大学大学院行政学研究科博士後期課程退学
 静岡県立大学・国際関係学研究科助手

◎在外研究員

岡崎 清
 98年10月1日〜99年9月30日
 アメリカ・カリフォルニア大学「アメリカ自然主義小説研究」

中村敦志
 98年10月1日〜99年9月30日
 アメリカ・カリフォルニア大学「アメリカ・モダニズム詩の研究」

布施晶子
 98年10月1日〜99年3月31日
 イギリス・ロンドン大学「福祉国家における職業と家族」

◎海外研究出張

菅原秀二
 98年8月2日〜9月9日
 イギリス、イタリア「第四回国際都市史学会と資料収集」

鶴丸俊明
 98年8月3日〜8月12日
 モンゴル「チンギス・ハーン陵墓探索調査」

坪井主税
 98年8月5日〜8月9日
 韓国「韓国独立紀念館、安重根記念館視察、資料収集」

中野徹三
 98年8月15日〜8月30日
 イスラエル「ヨーロッパ思想研究国際協会第六回国際会議」

及川英子
 98年8月16日〜9月6日
 イギリス、オランダ「観劇及び資料収集」

岡崎 清
 98年8月24日〜9月2日
 アメリカ「在外研究打合せ及び資料収集」

◎人文学部教員出版物

北爪真佐夫(著書)
 『中世初期政治史研究』吉川弘文館 98年9月 390頁 8,000円

船津 功(分担執筆)
 町史編纂委員会編『標茶町史 第1巻』ぎょうせい 98年3月 1,036頁 市販せず

伊藤亜矢子(分担執筆)
 無籐隆・市川伸一他編『学校教育の心理学』学文社 98年4月 240頁 2,200円

奥田統己(分担執筆)
 古橋信孝他編『古代文学講座12 古代文学研究史』勉誠社 98年4月 224頁 3,800円

後藤 弘(分担執筆)
 小西先生傘寿記念論文集編集委員会編『現代英語の語法と文法』大修館書店 98年5月 353頁 8,400円

◎委嘱発令

伊藤亜矢子
 教育計画推進委員会会議委員 北海道教育委員会(98年8月〜2000年8月)

後藤 弘
 日本英文学会北海道支部評議員(98年4月〜2000年3月)


―訃報―

 元人文学部教授石井茂先生が7月28日、逝去されました。行年79歳でした。
 石井先生は1919年生れで、北海道函館師範学校を卒業後、道内の小・中・高校の教員を経て、北海道大学文学部に入学、同大学院をを経て、教育学部助手に採用された。59年より北海道学芸大学(現教育大学)札幌分校の助教授・教授を勤められ、83年に定年により退職。84年4月から本学人文学部に赴任。主として、教育原理などを担当され、教職課程の充実発展に尽くされました。さらに、86年から2年間、就職部長としても御尽力をいただきました。88年3月定年により退職されましたが、89年4月から2年間特任教員として再度お勤めいただきました。
 謹んで、御冥福をお祈り致します。


編集後記

 人文学部の将来構想が固まって、具体化の検討に入った。そこでは新しい学科の設置や大学院の増設も問題となっている。時代のニーズを受け止める、新しい器の設置が期待されている。
 一方で少子化時代を迎えて、大学全員入学が指摘されている。もはや大学は入ることが問題になるのではなく、入ってからが問題であることが、益々はっきりして来た。
 新しい器づくりも大切な問題ではあろうが、大学は「入れてからどうするのか」の問題こそ問われているのではないか。これに対する「現在構想」が必要だ。
 二十周年記念誌に掲載するため「卒業生座談会」が開かれた。20年前の学生生活を語る卒業生達の思いやいかに。まだまだ人生途上人、更なる活躍を期待する。
 なお、今年度から編集委員は及川英子と酒井の2人となった。

(酒井 恵真)